【お知らせ】
5/20(金)夜、寝ている間に受け取っていただける遠隔ゼニスのワクちゃんセット、やります。詳しくはこちら
5/21(土)自由<フリー>で生きる!お話会〜人生1度きり!〜@ZOOM、お申し込み受付中。詳しくはこちら
日々と宇宙の講座 ベーシック第二期、4/24(日)よりスタートしています。詳しくはこちら
日々と宇宙の講座 アドバンス、4/24(日)よりスタートしています。詳しくはこちら
野草入り酵素作り&ピラミッドでヒプノvol.16@梁川(山梨県)、10月頭にもう一度開催できるかもしれません。決まりましたら告知します。
瞑想のためのキャンドル作りと体験ヒプノvol.9@葉山は、2022年中に開催予定です(たぶん。笑)。日程リクエスト受付中。詳しくはこちら

【リトリート】
6/5(日)〜8(水)大分・阿蘇秘湯巡りリトリートはリクエストで満員御礼となっております。告知はしてませんが、基本はこちらをご参考まで。次回は紅葉の季節に開催予定ですが、既に満員御礼。キャンセル待ち受付中。人数集まるようでしたら、2回に分けてやります♪

【ゼニスオメガヒーリング・プラクティショナー養成講座】
この状況ですので、ZOOMでのオンライン授業が可能になりました。詳しくはこちら当面はオンラインのみで開催させていただきます。テキストを事前に送る都合上、開催1週間前には受付終了とさせていただきます。
受講料に関しまして、長年『税込』でやってまいりましたが、2022年より『税別』となりましたのでご了承下さい。
レベル1〜5まで、ご希望に合わせて随時開催中です。他校からの生徒さんもどうぞ。お気軽にお問い合わせ下さい。授業内容について詳しくはこちら

RASセルフケア講座に関するQ&Aはこちら。(受講された方へ)

2022/01/06

日々の感情から気づけること。〜日々と宇宙の講座の宿題より


皆さんに、3回目の宿題を出しました。☺️


3回目の講座の中で「自由と責任」についても
お話ししたので、今回は
それに関連した、ちょっとした訓練。😁


誰かに何かを言いたくなった時に、
『相手を責めるのではなく、自分で完結した言葉』
を意識していくトレーニング、ですね。 
 
ベクトルを、 相手ではなく、自分に向け直す感じ。☺️


ちょうど年末年始を挟んでましたし、
ご家族と密になる時間が多かったのもあって、
家族関係からの感情浮上と葛藤が多かったようです。

それは受講してない皆さんも、
きっと、そうだったのではないでしょうか?


まー、家族ってね、
なんだかんだいっても、近い関係だけに、
学び愛❣️気づかせ愛❣️ですからねぇ。😂


私もちょうど1年前は、当時メルマガにも書きましたけど、
妹と大喧嘩して、実家にも帰るのをやめ、
その後も、母とのやりとりから、
自分でも訳のわからない涙が止まらなくなって、
久々にいーっぱい泣きました。

さんざん消化してきたのに、まだあるんかーい!?って
びっくりでしたけど、子供の頃の傷ついた自分は
まだ私に、かまってほしかったようです。☺️

もっと言えば、前世の自分もで。
(ここで前世はないって話をするとややこしいので、
あえてこのままで😂)

まさに「見捨てられた」だけじゃなくて「見捨てた」
そのどっちの自分も、許して、受け入れる。
そことも通じていました。

だから、自分でも「なんでぇ〜?!?!」ってくらいの
あの涙…  実は、ものすごくいろいろを、含んでいたんですよね。


いやぁ、、つまりは、必要なことがね、起こっているだけ、
っていう、ね。


それに比べると、
私、今年は平和だわ… 😂


皆さんのご感想も、どんどん鎧が取れて
正直になっていってるのがね、
とってもいい感じです。


こういうのって、どうしてもね、
いいことを書かないといけない、みたいに
思ってる方は結構多いんですけど、
そんなことはありませんのでね。


いいことを書こうとして変に自分をごまかすよりも
自分に正直であることの方が、ずっと、大事。

ごまかすと、感情に蓋をしますから、
ますますこじれますので。😂


正直に書いてくれているからこそ、
受講生以外の方が読んでも、「同じ!」「わかるぅ…」ってところ、
いっぱいあるかと思います。

あくまで受講生同士のためのシェアではありますが、
そうじゃない皆さんも、ぜひ読んでみてくださいね。


ただ、私としては「うーむ。。フォローせねば。」
なところも、ややあり、、😅
(私が伝えたことの受け取り方、という部分でね)

受講生には講座内とかでフォローができますが、
読ませっぱなしになってしまう皆さんには、
ズレが生まれてしまう可能性はあります。
そこは、どうぞご了承ください。😆


そんな稀有はさておき、
「自分に正直に生きよう」
って波紋が、広がると素敵だなぁ…✨



前回、前々回と同じく、
言葉を発してる時に身体のあちこちに反応が出たり、声が出たりと
感情消化の時と同じ感じでした。
胸の痛みが一番多く、足や腰に出たり、大腸に出たり、
全身けいれんみたいになったり…。 

今まで学んで来ているからなのか、
私のせいじゃないっていう感情はあまり強く出ることはなく、
なんでそう思うのか、何が原因なのかの方に
フォーカスしやすくなっているように思いました。 
落ち着くと結局自分やんみたいな感じになることが
お陰様で増えてきています。
怒りのマインドに乗っかりそのまま同一化して流される機会は
激減しています。

何で引っかかるのかにフォーカスして行けると、
結局それは自分の中の枠、思い込みが起因してて、
周りの人がそれを示してくれている。
配役を演じてくれているんだなという視点が少し出てきています。
これを続けて行きたいです。 

もう後戻りはない、セルフへ行くためにつらい体験も嫌な思いも
味わいつつ気付いて含んでいく自分になります。 

Kさんのコメントでの自分だけじゃなくて他の人に認められたい気持ち
に通じるものがあるのかもしれませんが、 
私は皆に合わせなきゃ生きてけないと思いながらでやってきて、
皆といっしょにいたい、皆に認めて貰いたい欲求が強いです。
でもそれは私が私を認めてないんだなと。

こういう世界を学び初めて
自分もかなり頑張ってきたなあと思えるようになってきたけど
まだまだ実際は認めて欲しい願望が大きくて、
それは結局自分を認めて無いように感じています。

もっと皆と仲良く楽しくやってたはず、
勉強頑張って東大やいい大学に行ってたはず、
スポーツで秀でてすごいプロプレーヤーになってたはず、
ものすごい指導者や研究者になってたはず、
理想(妄想?)の私はもっとすごいハズで
みんなに慕われて認められてるはずなのになんか違う。
もっと出来るはずなのに…。ほとんど認めてもらえない。
そして妄想にふける(逃げる)。

本当に苦しい時期は現実に目を伏せ、妄想に逃げていた様に思います。 
良いこと、すごいことしないと他人に認めてもらえないってのも
枠として持ってるかもしれないですね…。
与えないともらえない。なんかgive&takeみたいな。
これは先日萬夕さんが仰ってた権利と義務も絡むのかな? 

こんなハズじゃなかった。結局働かなきゃいけないから
なんとなく就職して我慢してやってきた。
自ら選んで働こうとしてる訳でもないし、
やりたい仕事を仕事にしてるわけでもないし、
壁にぶつかっても必死に全て乗り越えてきたわけじゃないし
逃げるときは逃げ回ってきたし、大学受験にも失敗したし
情けない自分を何度も見てきたし。
思い通りのことなど殆ど無かったし、いじめも受けたし、
だからこんなハズじゃなかったと………。

こういう思いが自分にあるという事は
やっぱりまだ今の自分を認めてないんだなと。
また感情消化も足りないんだなと…。

外は内なんだから、あの人が認めてくれない=自分が認めてないんだな
と少しづつ感じてきています。 

あと、マインドから離れようとしていることにやはり寂しさもあります。
こんな満足できない人生でもあんなことこんなことがあったじゃないか!
たくさんのいい人に出会えたじゃないか!
それを切れ捨てるのか!
自分を認めないのに、ろくな人生じゃないて思いながらも、
良い思い出がいっぱいあったじゃないか!
そんな自分から離れるのかと強く主張し寂しがる自分もいます。 

こういった感情に寄り添い消化しながら、
自分の枠、フィルターにも気付きつつ、
地道にやっていくしかないと思います。



今回の宿題と向き合うのは結構しんどかったです。 
年末は感情が忙しかったので余計です。 
今回もノートに書く内容は夫とのことばかり、
同じような内容で埋めつくされていき、
驚いたことに毎日のように傷ついたり、怒りを感じていました。 

かきためた後も今回提出までの期限が少し長いこともあり、
見返すのも気が進まない感じでした。 
ノートを見ない間もほとんど同じことが起こり、
エンドレスでリピートしているなと思いました。 

少し間をおいてから、変換して書き溜めたものを見て思ったのは、
想像以上に普段自分は傷ついていたし怒っていたということでした。 
夫は普段から結構きつい言葉をストレートに言ってきます。 
たとえば「バカ」とか「うるさい」とか、
ミスに対しても辛辣にこきおろされる時もあります。 
もちろんそれが夫の人格の全てではなく、流していたつもりでしたが、
改めて見返してみると結構ダメージあるのかもと思いました。 

そして思ったのが、私も同じように夫に言ってみようと思い
そうしてみたのです。(宿題のトレーニングと全く反してる方向に
いってますよね。すみません。) 

言いたいことを言ってみるとあきらかに夫もダメージを受けているようで、
結構言った次の日の朝などには、ダメージがすごいんだけどと
はっきりと言われました。
自分が言われた時のダメージも気付きづらかったのですが、
言われなかったら夫のダメージもはっきりと認識するということが
できなかったかもしれません。 

また最近は感情をきちんと感じようとしていたのもあるのですが、
なかなか自分だけで感じることができない時が結構ありました。 

年末は特に以前のように感情をぶつけ、
意地でもコントロールしようと試みてました。 
1人1宇宙とか、他人をコントロールできないと意識しながらも、、です。
(きちんと落とし込めていないということですね。。) 
でも他人をコントロールはできないこと、感情と一体化して
相手にぶつけるのはお互い辛く、泥沼に入り込むようなことだ。。。
と改めて思いました。 

そして宿題の提出がせまり、また少し冷静な気持ちでまた
ノートを見返してみると、傷つけられたと思っていたことを
自分もやっているのではないかと気づきました。 
いや、意識的、無意識はありますが、確実にやっていました。 

夫のようにストレートに言葉にしなくとも
心で思っているふしが自分にはあります。 
無意識ですが、話をきちんと聞かなかったり、
ばかにしたような態度になってしまったり、
言葉のはしばしに出て伝わってるのではないかと思いました。 
(思い返すとそういわれたこともありましたが、その時は
そんなことない!と思っていました、、。) 
面と向かってストレートに言葉を発さずとも、
たくさん夫を傷つけてきただろうなと思いました。
(夫だけではないですが。。) 

本当に申し訳ないことをしてきたなと心から思いました。 
そんな感じで見たくない自分がまた見えてきましたが、
気付けたことは良かったのかなと思いました。 

あとだいたいこういった摩擦も
「権利と義務」から生まれるものばかりでした。 
どちらかと言えば私側発信が多く。。
こうしているんだからああしてほしい、 一般的にはこうあるべき、
一生懸命やっているのになんで?などなど 
それで「バカ」「うるさい」ときて傷つく(被害者になる)という。。 
自分発信のものがなくなるだけでも、かなり摩擦は減りそうです。。 

そして「なにも問題は起こっていない」のに
まだ他を認めようとしない自分がまだまだ顔を出します。。 

少し先に進んだつもりでも、
また同じところを行ったり来たりしていますね。 
先日の感想を出した時のテンションとは明らかに違いますが。。 
でも私もまだあきらめたくないです。 

 次回の講座もよろしくお願いします!



15〜20個と⾔われて,「そんなにないわ」と思ったのですが・・・
結局,10個でした。 でも,⼀つひとつが濃かったです。
そして,体調もすぐれず,寝正⽉となりました。
これについ ては後で書きます。 

まとめてみていくと,
相⼿がコミュニケーションをうまくとってくれないことに対して,
私が 腹を⽴てるパターンが多かったです。

「ちょっと⼀⾔付け⾜してくれたらいいのに」
「だまって置 くってどういうこと?」
「こちらが違うと⾔っているのだから,違うかも・・・と
⾔ってくれてもいいのに」と、こんな感じです。 
そして,相⼿がわかってくれない,私の気持ちを汲み取ってくれない
寂しさがあります。 
やはり,今回も私の中に「〇〇するべきだ」があります。 
しかも強烈です。そして,気持ちが悪いくらい被害者でした。 

「家族であっても,ありがとうは⾔うべき」「〜だからこうしたよ」
との報告もするべきだという思いもあります。 
主に,⺟と夫に対しての怒りなのですが,暮れからお正⽉にかけては,
⽇常と少し違う⾏事が あります。
そのためにいろいろな感情が浮上してきているのか,
今は,⼀⼈で頭を冷やしながら この宿題をしています。 

なんで,こんなにもがっかりしたり,腹が⽴ったりするのかというと,
⼆⼈とも,私の気持ちを察してくれないからです。
私は,どちらかというと先回りして,相⼿が困らないように,
気分 がいいようにと配慮するタイプです。
でも⺟も夫もそうでもなくて,
上⼿にコミュニケーションが取れないタイプなのです。
決めつけているみたいですが,
何度もがっかりしながら⾃分の気持ちをなだめてきました。
そして,頑張っていました。家出をしたこともありました。
相⼿が変わることを求めても,結局は,変わらず,
こちらが折れる形です。 
頑張った私が損したみたいな気持ちになります。
じゃあ,頑張らなきゃいいのでしょうが,
家の中は,ごみと埃だらけで要らないもので溢れます。 

夫にも私の考えを⾔えばいいのでしょうが,怖くて⾔えません。
これは,常識でいったら考えられないことでしょうが,
⼈が怒ることがとても怖いのです。
ですから,夫婦喧嘩をしたことも ありません。喧嘩にもならないのです。
私が,夫に何かを頼んだり,夫に意⾒したりすることが 怖いから。
本⾳がだせない夫婦の関係です。 

去年の暮れ,いつも夫がしてくれるお墓掃除に,なぜ⾏かないのか
その理由を聞くこともでき ず,⼤みそかになって,
⾃分で掃除に⾏きました。
そうしたら,とても寒かったので⾒事に喘息の発作を起こして,
元⽇から寝ていたのです。 ⾒事に私が被害者です。

「あなたのせいで私は喘息になり,寝ていることになりました」
と⾒ せつけて,傷ついたらいいと思っていたのです。 

書いた⽂を読み返してもどっぷり被害者です。
でも,今は,そうするしかできないので,この まま宿題を出します。 
頑張った私が,損をした気持ちになるのなら,
やらなきゃいいと頭ではわかっているのですが, なかなかできません。
今できるのは,距離を置くことだけです。
これは,逃げなのかもしれませ んが,疲れたので
⼆⼈から距離を置き逃げることにしました。 

そして,いつものことですが,逃げてもまた,
同じようなことがやってきて,⾒せつけてくれます。
以前と違うのは,私が私の感情を認められていること,
少し,楽になったかと思ったので すが,まだまだのようです。
まぁ,私は,私を諦めないけど・・・



前の宿題をやったときには、わたしはいつもの思考癖が発動し、
アレコレと考えながら取り組んでいました。
なので、今回は何も考えずにただ、ただ宿題に取り組んでみよう!
と決めてから今回の宿題に取り組んでみました。

取り組んでいる最中には、やはりときどき思考癖が顔を出してきます。
今までのように、つい思考が働こうとするのですが、そこでストップ!
を何回もやりました。

なぜわたしはつい考えてしまうのだろう??と自分に問いかけてみました。
たぶん、わたしは答えがわからないこと、先が見えないことが
怖いのだと思います。

今回の宿題をとおして、今までぐるぐると考えていた理由の1つがわかり、
自分のことを客観的に少しはみることができるようになったのかな
と思えたことが、まずは嬉しい発見でした!  

また、宿題をやってみたあとに、
全体を眺めて気がついたことが2つありました。

1つ目は、わたしは日々の生活の中で怒りの感情よりも悲しさ、
傷つくなどの感情をたくさん感じているんだなということです。
そして、2つ目は、今回リストアップした内容は、
普段わたしが気がついている、気がついていないに関わらず、
実は、わたし自身が自分自身のことを認めていないことや
受け入れていないこと、また、
誰かに本当はわかってもらいたいんだ!と
わたしが望んでいることばかりがリストアップされている
ということに気がつきました。
だからこそ、外側の事象に反応しているのだなと思いました。  

そして、こんなにもたくさん、
わたしがこれまで見過ごしていた感情があったんだなぁ、
もう大丈夫だと感じていたけれど、
まだまだ残っていた感情もあるんだなぁと、
本当に気がつかなくてごめんねとその感情たちに今寄り添っています。



怒っているなー・・・・というのが見直してみての感想です。 
他に悲しいとか、寂しいとかいったことは出てこず、
怒りばかりが出てきました。 
誰か(といってもほぼ主人)の言葉に反応すると
ムカムカしてしまう傾向があります。 

そしてその原因は、何かを命令された時。 何かを頼まれた時も
その言い方によってはどうやら命令と捉えてしまうらしく、
胸がざわざわし、ムカムカし始めます。
絶対に何か言い返したくなる模様・・・・。 

「あれやっといて」「コーヒー入れて」とか、
別にテレビでよく見る普通の光景のような気がするのですが、
たまらなく嫌なんですよね・・なぜか。とにかく言葉に反応しちゃう。
「自分でやってよ、テレビ見てる暇あるんだったら」とか思いながら・・
なんか癖みたいです。 
すぐ反応してしまうのでよっぽど強い掟なんだと思います。 

「夫(というより自立した一個人)はこうあるべき」という掟。 
湧き上がってくる怒りは自分自身へ向けたものなのかな、
とも思ったのですが、ちょっと違うような。(とこの時点では思っていた)

で、その後家事してたら、
「あ、私もしてる・・・」と・・・浮かんできました。 私自身が主人に
「ちゃんとトイレのドア閉めてって言っているでしょ」とか、
「テレビ見ないときはちゃんと消して」とか、
主人が私に言っているようなことと同じことをしてた・・
ということに再度気づきました。 
再度というのは、以前もそのことについては
「自分もやっているな・・・気をつけよう」と思ってたのに
またやっていた・・・ということで。 
主人の気にくわないところ(怒りを感じる部分)は
自分も持ってたことを改めて認識しました。 

これは鏡現象なのね、と思ったところで、ということは・・・ 
自分ではあまり意識してないですが、
「妻たるものは」というのも私の中にあるのだと感じます。 
そしてその妻たるものは何も言われなくても
コーヒーをタイミングよく入れるべき、というような掟。 
それを「やって」と言われたから
出来てない自分に腹を立てていた可能性もありかも・・・とも思えました。 

こういう出来事は繰り返し繰り返しおこっているので、
「早く気づけ」ということだったんでしょう・・・。 

 で、あと私の過去世に王女様だった頃があり、
その頃の気質みたいなのを引きずっているのだろうかとも思えたのですが、
もしそうだとしたらそれを手放すにはその時受けた
なんらかの傷に寄り添ってあげること・・・なんでしょうか。
(人に命令されるのが嫌い、なぜなら王女だから)
あるいはただの性格を引きずってきている、ということなんでしょうか。 

最近は人に何かを言いたくなるってことも
上記以外のことでは特にないんですが、
選択をする場面で悩むことが多いです(一人で)。 
どっちがいいかなー、こっちだったらこうなってー、とか、
こっちの方がお得、だけど・・・・とか。 
スパイラルに入っていくことが多いんですが、
結局「どっちでもいい」んですよね。 
でも、まだどっちがいいか考えてしまう・・・・。 

問題に集中すると分離するとはそうだなーと思います。
本当にそこだけしか見えなくなってしまうんですね。 

コントロールを手放すこと、どっちだっていいんです、
ということが自然になってくるように出来たらと思っています。 

次回最終回も楽しみにしています。 
どうぞよろしくお願いします。



今回の宿題は難しくないのに意欲が湧かず、停滞してしまいました。 
前回の講座で「統合の過程でつまづきやすいのは、
人のせいにするのを辞めることで、ここは根性がいるところ」
というようなお話しがありましたが、
まさにそれにすっぽりハマってしまいました。 

15個書き出したものを眺めてみても、
それぞれにその時に感じた痛みがまだ残っている感じです。
 「これらは、本当は自分自身に言っていることなんだ」というのは
頭の理解であって、腑に落ちてきていません。
ただ、これらに傷つかない「自分」を持ちたいとは思いました。 
要は「全て自分」なのですよね。
あぁ、これもまだ「頭」で言っているなぁ。 

お正月、このコロナ禍で自宅に閉じこもりがちな母を
夫の車で外に連れ出してランチを食べに行きました。
喜ぶことをしてあげたいという気持ちはあるのです。 
しかし、普段は離れて暮らしているので平穏なのですが、
電話で話したり会ったりする度にイライラしてしまう。 
ランチの後実家に戻り、役所からの書類の書き方を聞かれて、
代わりに書いてあげたのですが、書類を覗き込む母の顔が
近くなった時には不快感を覚えました。 
目が悪くなって足元のおぼつかない母を洋服越しに支えることは出来ても、
手を繋ぐとか、直接肌に触れることには拒否反応が出ます。
自分はまだこんな反応しか出来ないんだな、と
分離しまくりの自分を再確認。 

母は合わせ鏡の存在で、母を愛せないから自分も愛せないし、
自分を愛せないから母も愛せないのですよね。 
とは言え「じゃ、他の誰かになりたかった?」と自分に問いかけて
本当の本心を探ってみると、「もっとこうだったらいいのに!」
という思いは沢山あるけれど、
自分以外の誰かになりたい訳ではないようです。 
「自分でいい。自分がいい。」って、まるで絵手紙の
「下手でいい。下手がいい。」みたいだけど。 

そうか、自分は自分でいいのか。自分がいいのか。
そう思ったら何だか笑えてきました。 (実は少し泣けてもきた) 

他人と比べても意味ないけれど、
もっといいことを書けるような体験をしたかったけれど、
今回はこんな感想しか書けません。



今回の宿題、”私は~です”に自分の感情を置き換える作業をすることは 
なんでこの人は~してくれないんだろう 
どうして~してくれないんだろう 
と思う自分の気持の奥にある感情を探ることになり、 
どうして~してくれないんだろうという思いが湧き上がってくる 
理由や原因を考える作業であった気がします。 

どうしてそう思うの?と自分に問いかける作業となり、
そこにいろいろな 思いがあることに気づきました。 
私は~ですという言葉にその感情を置き換えるのにも葛藤がありました。 
認めたくなかったり、見たくない気持ちがあるからかなと思います。 

そして、それを言葉に置き換えた後に、
言葉にしてその相手に伝えるのにも 抵抗がありました。
自分のほんとうの気持ちを伝えることに抵抗があったのです。 

でも実際に伝えてみると、 
どうして~?という伝え方でいうよりも、
相手はすんなり理解してくれたし、 
こんな事を言ったら恥ずかしいとか、どう思われるかな
と言うような気持ちが 私の中にあったのですが、
そんな恐れは全く必要なかったことがわかりました。







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