【お知らせ】
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【リトリート】
リトリートは基本、リクエストをいただいてから、少人数で開催しています。リクエストは、場所や時期にもよりますが、宿などが取りづらいので、少なくとも開催の2ヶ月前、できれば3ヶ月前にはいただけると嬉しいです。大体の目安は☞こちら、大分&熊本♨️秘湯巡りリトリートの告知を参考にしてくださいね。
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【ゼニスオメガヒーリング・プラクティショナー養成講座】
2020年より『マスターティーチャーのみ』ZOOMでのオンライン授業が可能になりました。詳しくはこちら。テキストを事前に送る都合上、開催1週間前には受付終了とさせていただきます。2023年4月より対面授業も再開しますが、オンラインの方が人数は集まりやすいです。
5月中旬以降でレベル2授業、あと1名いらしたら開催します。日程調整しますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
レベル1〜5まで、ご希望に合わせて随時開催中です。他校からの生徒さんもどうぞ。お気軽にお問い合わせ下さい。授業内容について詳しくはこちら

2026/04/05

日々の感情から気づけること。3〜日々と宇宙の講座の宿題より


昨日も日帰りリトリートで桜や桃の花、菜の花を
いーっぱい見て来ましたが、
あちらもこちらもピンク🌸ピンク🌸
ウグイスも美しい歌声を響かせてくれてました。☺️


ピンクは、自己受容の色でもありますからねぇ。
ありのままの、自分を愛する🩷

そんな季節🌱



さて、
3/17に3回目を開催しました、5回連続の


3回目の講座の中で、毎回ひっかかる方の多い
「自由と責任」についてもお話ししたので、
今回はそれに関連した
ちょっとした練習をしていただきました。☺️


誰かに何かを言いたくなった時に、
『相手を責めるのではなく、自分で完結した言葉』
に変換してみるトレーニング🌟
 

ベクトルを、 相手ではなく自分に向け直すことで、
自分の本音やスルーしてた感情に
氣づけることもありますのでね。☺️


ただ、「自分に向ける」というと
=「自分のせいにする」
=「私が悪い」・・・って、
もはや『自動的に』勘違いして受け取ってしまう方も
多いんですよね。


「相手を責めないなら、自分を責めるってことだ」って
考えは『二極の思考』すぎます… が
私たちは長年、この二極思考が染み付いちゃってますのでね。

どっちも責めなくて、いいんです。


無意識にそう刷り込まれてしまっていると、
誰だって責められたくはないですから、
「やりたくない」って氣持ちになって当たり前。😅


8年前にこのご感想↓をブログにシェアした時も

皆さんから「私もそうでした!」って反響が大きくて
こちらも↓シェアしたくらいでしたので、

多くの方がその傾向が強いのではないかと思います。


そして、受講生も書いてくれてますが
お伝えしたように
これは何の感情?というところに思考を巡らせないこと
ここもとっても大事です🌟


また、感情を感じる前に
その原因や「どうして?」「どうやって?」「どうしたら?」に
つい思考を巡らせる人も多いかと思いますが、
深掘りする必要はありません。


情報量が多いのでどうしても混乱しやすいのですが、
いろいろ、すでにズレが生じまくっておりますので😅
受講生の皆さんにはLINEグループで
おいおい、またお伝えしていきますね。



今回も、受講生同士が読み合い、(過去の受講生含め)
そこからさらに氣づいたり、より深められるように、
ということをメインの目的としてシェアさせていただきます。

受講生以外の方に読んでいただいても
ヒントがいっぱい隠れてる✨と思っておりますが、

受講生であってもズレやすいことをお伝えしているため、
あくまでも、ゆるーく読んでくださいね。




■全体として感じたこと、 思ったこと、気づいたこと、 

 ⇒「あなたがXXのくせにYYしてないせいで、
私はムカつく/イラついた」という 
正義の押し付けだったり、身の程知らずだ、不当だ、
ということに対する怒りが強いことに気づいた。 

それだけ自分自身のことも、「身の程を弁えるべき」と
強く縛っているんだろうなと思いました。




初めは、そんな短期間でに何もないってー穏やかなはず… 
と思っていましたが、残り1週間前から小さなイライラが笑 

モヤっとする、とか 
残念な気持ちになる、とかを 
あらためてさらに分解して 
怒っている、悲しい、傷つき、それ以外に
カテゴライズしていく感じにしました。 
都度、感情を感じてみるようにしました。 

そうやって過去のことを分解していくと、 
なんだかどんどん無気力になりました笑 

残しておいた感情には 
ある種の行動エネルギーになっている部分があって 
それらを分解していくことで、すんっとなってしまうというか 
あれー、じゃあ私今何やってるんだろう・・・ 
と、強めPMSのように無気力になって1週間全然家事をしなくなったり。 
(仕事はちゃんとやってます) 

そうしたら、夫が珍しくいつもはしないほど家事をしてくれるので 
それはそれでラッキーのような^^; 
何かが崩れる感じですね。
今現在、私これ大丈夫か!?ってなっています。 

ただ、仕事で外部からの過干渉が生じたときなどに 
前回の課題にも増して観察的というか、外から見ている感じというか 
感情が揺さぶられることがあまりなくて 
ちょっといい意味でぼーっとしている? 
明らかに相手にも瑕疵があるのに
理不尽ないちゃもんをつけられた時でも 
「全くもって私の落ち度でござんす!」の姿勢で謝り倒しているのに 
一切イライラもモヤモヤもしていなかったりとか。 

以前なら「そうは言っても私も悪かった」的な自責コメントで 
グラグラしていたところなんですけどね。 

ちょっと自分が透明になったような感覚があります。 

透明ついで?に 
AIに現状の問題点をぶつけまくる作業もしていました。 
そして色々なモヤモヤに一旦の解決策を見出し 
またこう、すんっとしました。 

無感情というほどではないんですけど、なんでしょうこの感じ。 
もうちょっと要観察な感じがします。




内側に向けた時に出てきた感情を眺めているうちに、
あー、またこんな風に感じてるとか少し嫌にな気分になってました。 
まさに、ノートでまゆさんが書いていた
自己否定になっていたんだと思います。 

少ししてから、そうじゃなくて、
そういう痛みがあることに気づいて寄り添って消化してあげるんだ。
という視点に立ち返りました。 

起きた出来事は違っても、そこにある感情は同じものが
何回も登場していることに気がつき、 
痛みが消化されていないから、何度も出てくるのだなあと、
自分の偏りがわかりやすかったです。 

どーしていつもこーなるんだと思考に走りそうになるけれど、
それよりも先に寄り添うというのを忘れずにやって行こう
とあらためて思いました。 

外側にぶつける、相手を責める方が一瞬楽で 
発散した感覚になるけど、すっきりするどころか摩擦を生んで
更にややこしいことになっていくし、
何より、自分の痛みに気づくことなく、
ずっと繰り返されていくことになるんですね。 

その出来事は自分の痛みに気づかせてくれている。 
ただ、起きている瞬間はそんなに余裕を持って
構えていられる自信はまだありませんが… 
ちょっと待てよ。と声をかけてくれる私が
これからはいるかもしれませんね。 

意識していないと、自動的に反応して
ただ外側に向いてしまいそうなので、
内側に向けてみることを意識したいと思います。 
そして、自己否定にも気をつけよう。




まず、今回の宿題ははじめすんなり取りかかれなかった。
一人暮らしで仕事も特に滞りないため、 日常の中では
さほど他人に対して強い感情を抱くことが少ない、というのが 
その大きな要因と思っていたけれど、 
それでもちゃんと向き合って意識してみると、 
束の間すれ違う他人に対してだって 
いちいち感じていることはあるよなと思った。 
わりと細かく感情は動いているのにアタマで無効化しているかも、と。 
ネガな感情を他者に対して出すことをしないのは言うまでもなく、 
そんなこと感じるのはよくないという思考が 
瞬時に働いていて、見てみなかったフリをさせている気がした。 
物分かりのいいフリをして 
本当は、コントロールしたがりの我の強い人間なんだなと思ったし、 
宿題に取り組みにくいと思ったのも、そもそも 
エゴが抵抗していたのもあるのかも、と思いました。 

過去のことについて取り組もうと思ってやってみると、 
こんなことがあったという認識はしていても、昔のこととして 
ちゃんと感情として向き合うようなことはしていなかったなと思った。 
単なる出来事としての処理で、感情面からみれば
たくさん無いことにしてきたのかと。 

それと、LINEで質問させていただいた 夢の話で
まゆさんからの回答を読んで、 常に働きがちな思考の反応の奥に、 
ちゃんと感情があるはずなのか、とも思いました。 
自分が何を考えて対処した方が良いか、 
どうしても思考に意識が向きがちだけれど 
その奥の感情までいちいち掬い取ってみたらぜんぜん違うのかも、と思う。 
その辺、思考で処理して
その先の感情までいかせない?パターンが染み付いているのと 
感情と思考の区別がごっちゃになりがちなので、 
もっと丁寧に奥に潜んでいる感情までみてあげる必要があるのだと思う。 
なかなか取り組めていませんが。。 

自分の感情を冷静に、客観的に捉えて 
自己と同一視しないこと。 
それ自体は思考でなんとなくできているような気はするが、 
それで感情に寄り添えて解消できている手ごたえがあるかというと 
正直、今はあんまりないなと感じていて、 
ダイレクトに、泣いたり怒りをぶつけたりする方が 
解消できるような気がしてしまっている。 
そのうち黒豹なのかグリズリーなのかわかりませんが 
何かどろっと出てくる時がくるのでしょうか。。




なぜかとてもやる気が起きない、
やりたくないという気持ちになっていた。 

「日々の中で誰かに何か言いたくなったら」ということだったが、
慌ただしくて言いたくなったことに対してアンテナをはりづらかった
というのもあるかもしれないが、
最近はあまり人に言いたいことがなくなっているのかもしれない
とも思っていた。 
元々分析に走りやすかったり、学んでいる所為もあるのか、
俯瞰視する癖がついてきているようにも思う。
そうなると、事態がやややこしくなっている気もする。
どこまで感情に寄り添いつづければよくて、
いつから俯瞰的な視点も持ってもいいのだろうか。 

もともと自分の感情を置き去りにして過ごしてきていたが、
まゆさんのセッションを受けて感情を見つめるようになっていくと
同時に人間心理も理解するようになっていき、
何かトラブルがあっても単純に自分の感情を見つめるだけでなく、
相手の背景や事情を見つめてしまうようになっている気がする。
だから、同僚に対して注意をする時も私の説明がわかりづらいのでは
と思うことも最近あった。

以前のように自分の感情を見つめず、相手の背景も探らず、
要点だけを機械的に質問していくという対応をしていた際には、
相手をいらだたせたり感情的にさせやすかったが、
最近は相手がそのような反応をすることはなくなった一方、
「こういう背景があるからこのように考えてこうしているんだろうけど、
~するように。~してくださいね。」というような注意となってしまい、
長文で要点が伝わってないのかもしれないとも思ってしまう。 

しかし、伝わってないのかもとがっかりというか、
ちょっと腹を立ててしまうのは実は「すみません」という言葉が聞けず
(非があるのだからそれを認めるべき)、非を認めさせたい
私の感情があるからなのかもしれないとも思った。 

今回のワークのような言い換えを普段からしていくと、
自分を責めているというか罪悪感を募らせていくようにも感じた。
今まで一方的に相手を責めれば良かったものを、
自責にしないといけなくなる(そんな感情を感じてしまっているのは
自分の所為)かんじがするからだ。
それゆえ、今回のワークをやりたくなかったのかもしれないし、
同僚にも罪悪感を抱かせたいという気持ちになったのかもとも思う。 

感情を抱くのは悪いことという意識もあるのかもしれない。
出てしまった感情を見つめるのは抵抗がなくなってきている気がするが、
思い通りの展開にいかなかったりモヤっとする出来事にあった時に、
自らすすんで自分の感情の芽を探しにいく(=感情を抱く)のは
抵抗があるのかもしれない。
それくらいなら見過ごしたら方がスムーズに過ごせるからだろう。
これ以上敏感になりすぎると生きていきにくい。
「問題なんて存在しない」という考え方も聞きかじってはいるが、
感情の芽にフォーカスして自ら探しに行く行為は
問題をつくりだしてしまっているのではないだろうかとも思ってしまう。 

あと、ワークをしていたら「あなたによって、私は醜い感情を抱きました
(具体的に何か大きな嫌なことをされたわけではなく、
まとめて言ってしまうと存在が目障り)」というのが出てきた。 
自分に醜い感情を抱かせる他人を嫌いになるし、
心地よかったり美しい感情を抱かせる他人を好きになるのだろう。 

痛みをケアするという点で
授業やワークを実施してくれているのだろうけれど、例えば
「あなたが助けてくれて、私は安心を感じています」など
良かった感情にもフォーカスしていきたい
(そちらも普段自ら取り扱っていないので感じにくくなっている)
とも思った。 
(あ!感情は感じ切ると消化されるという話だったが、
積極的に感じたい感情も消化されてしまうものなのだろうか?!)




今までも「感情と自分を切り離すということ」はやっていたのですが、 
今までと違っていたことが2つありまして、それは、 
・前回の講座で、私の「感情」、私の「思考」は私じゃない
 と知っていたこと
・これは何の感情?というところに思考を巡らせないこと 
ということです。 

この2つを知っているだけで、こんなに違う?
ってくらい俯瞰になれました。 
私の感情も私の思考も私ではないから、このもやもやも私じゃない。 
何物にも侵されないという
身体全体が包まれて守られている私という存在を感じ、 
本当に日常の些細なこと(なぜこんな行動を?とかなぜ返事wくれない?)
とかで切り離すと、 不思議とすぐにその不具合が解消されて
返事が来てたりするということも面白く。 
私が私であれば十分だから、周りで巻き起こってることは
なんかどうでもいいんだね...と改めて思えました。 

今までは、なぜ私はこう思うのか?を掘り下げて掘り下げて
思考を巡らせて、感情を感じる!にフォーカスしまくっていて、 
そのフェーズも必要だったと思うのですが、
これも手当てだったのかも!? 
そして、この「日々と宇宙の講座」も以前行われてた時から、
ずっと気になってたのですが、 私は思考し過ぎちゃうから、
講座を聞いたら余計に思考が強化されちゃう、私は感じたいんだ!
と、 だから今じゃないとスルーしていたのですが、
講座受けてみたら思考を切り離せたという、 
完全に自我に振り回された思考でいたことに今気づきまして、
にやにやしています笑 

1つ実験というか、どうなるかなーと思って、 
夫に思った事柄を「あなたに〇〇されて、私は悲しいと感じています」
とLINEで伝えてみました。 とてもシンプルなやりとりをし
(〇〇に至った理由を聞き)この件は静かに完了しました。 
今までなら、夫に感情をぶちまけ、土俵に引きずり込み、
怒りと悲しみの嵐の中にいて、 そんな過去を思うと、
今は嵐なんて起こってない、何もない広い空間にぽーんと出てきたな
と感慨深く思いました。 

そして、先日LINEでやりとりした承認欲求に繋がります。 
今までもそれぞれのフェーズで
様々な人を通して見せられてきた承認欲求は、 
今のフェーズでは随分と軽くなり、でもまだたまに見せられている、
のですが、 ここに来て、とにかくエゴだねぇ...としみじみと感じました。
 
人の役に立ちたいという一見純粋な思いからくる行動も、 
人に認めて欲しいという欲求からくるもので、
これはキリがなくない?と思ったのです。 

講座で何回も「含んでいく」と聞いて、
そういうものなのかぁと思っていたことが、 
あ、ここが「含んでいく」なのかも、と繋がったような気がしました。 

自我が作り出すルールや枠に捉われてドラマを起こそうとする、
まさに世界の縮図のようで、 なんて考えていると
「手を放す、軽くなる、満ちてゆく」が流れてきました。 
自己実現のフェーズを楽しみたいです。





【第一期・二期の受講生がまたワークをし直しての氣づき】
*また届いたら追加します

こんばんは! 
ワークの感想をシェアします。 

ほぼ100%といって良いほど、夫との摩擦から
「言いたくなる」ことばかりでした。 
前半の1週間は10個近くありましたが、後半は1,2個でした。 
「思うようにいかない」「コントロールしたい」「権利を主張したい」。 
夫はそんなふうに思う相手になっていて、自分にベクトルを向けてみると、
「私はこんなに夫をどうこうしたくてストレス感じているんだな」
と改めて実感しました。 

ちなみに、前回のワークの時はどんなことを書いていたのだろう
と読み返してみたのですが、同じように夫へのことを猛烈に書いていて、
行き着いた思いもほぼ一緒でした(笑)。 
「前回と全く同じだ」と思いつつも、感情の激しさは
かなりマイルドになっているのでそこはよかったかな?と。 

ワークとはあまり関係なくなってしまうのですが、
最近は憂鬱まではいかないけれど毎日気分が重めで、
でも静かな状態が続いています。 
以前ならその状態を「なんとかしたい」と無意識に抵抗をしていた
と思いますが、今はその状態に巻き込まれずに
「静かに一緒に過ごす」という感覚でいます。 
年をとったということかもしれませんが、
この変化はうれしいことかなと思いました。 

また、仕事の場でも少しずつ「いい人と思われなくてもいい」
と思えるようになってきました。 
評価されたい気持ちがなくなったわけではありませんが、
「他人から見る自分は、それが自分の本意ではなくても、
あくまでその人のフィルター越しの真実に過ぎない」と
受け入れられるようになってきました。 

先日「心境の変化があった」とお伝えした件についてですが、 
日常のちょっとした出来事で、おそらく無意識レベルで
「譲ったら負けとか損する」という感覚で自動反応していたことが、
「譲ったところで結果は変わらないし、譲ったほうが全然楽だな」
という心境にふとなりました。ふっと力が急に抜けた感じでした。
ちょっと大げさですが、私の中では大きな変化でした。 

あとは以前の講座のワーク中に駅で感じたことと
同じ気づきになりますが、通勤時に信号につかまりたくなくて
せかせかしてもしなくても、ほぼ誤差がなく同時間に会社に着きます。 
それなら、ゆったりとした気持ちで向かうことを選択したい。
(会社が移転して信号や歩く時間がかなり多くなったので、
改めて実感する日々です。) 

何年もかけて同じテーマを行ったり来たりしていたとしても、
窮屈に苦しくなりがちなところを、都度都度「しつこく」
その一瞬だけでも緩め続けていけば(緩められなくても)、
それだけでよいのかなと。 
今回の心境の変化が起こったことによって思えるようになりました。 

まとまりない内容になってしまいました。。 
次は4回目の講座ですね。 
あっという間ですね。 
いつもありがとうございます。 
ではでは! 


 💫


相手にイラッとしたときは、間違いなく
自分が被害者に成り下がって
相手に何かされたから
自分は嫌な気持ちになっていると感じているんだな
と思いました。 
宿題で誰かに何か言いたくなった言葉を書き留めましたが、
日常ではこの言葉すら相手に伝えることをせず
態度で表していることが多いなと反省。 
私がイライラしている理由を察してよ!みたいな。 
自己完結した言葉での言い換えは、自分の気持ちを相手に伝える上で
とても素直で正直だけど大人な感じがしました。 
以前にも同じ宿題をしているので知っているのに、
こんなにも使用頻度が高いことなのに
日常に取り入れることを忘れてるわーとまたまた反省。 

自己完結した言葉に変換する際に、相手にぶつけようとしていた感情を
自分の言葉でこれだと思う表現ができると、
すごくすっきりすることに気が付きました。
本当はこう言いたかったんだねということが分かると、
自分がいじらしいような気持ちになったり深い納得感があったり。 

相手に何か言いたくなった時は
自己で完結した言葉に変換することでその気持ちが収まるかな
と思いましたが、
相手に伝えるかどうかはまた別ものだなと感じました。
ただ伝える場合にはとてもマイルドな言葉に変換できそうです。





【日々と宇宙の講座ベーシック第三期生の皆さんのシェア】




【日々と宇宙の講座ベーシック第一期生の皆さんのシェア】














【日々と宇宙の講座アドバンス第二期】







【日々と宇宙の講座フォローアップなどのご感想】











☆「気づきのヒント まとめ」はこちら
☆メニューと料金はこちら。 

2026/03/31

RAS®認定ファシリテーター養成講座と特別解放コース💫新たな40セッションver.ご提供できるようになりました✨


甲州はあちこち花が咲き乱れていて🌸
本当に美しく、皆さんにもお見せしたくてたまりません✨😌


さて、去年11月にこちらでお伝えしましたように
 ↓


2016年11月より10年近くご提供して参りました
RAS®認定ファシリテーター養成講座と特別解放コースの
39セッションver.は、2025年いっぱいで終了となりました。


かわって、新たに登場しました
40セッションver.を私もご提供できるよう
イントラ同士せっせと40セッションをやりあいっこしまして、

久しぶりのRAS頭痛に思考停止しつつも
先週、無事に終了しましたよ〜💖

(ちなみにイントラ=インストラクターのことで、
RAS®認定ファシリ講座を提供できる資格がある人のことです)


ということで!

2026年4月1日より
RAS®認定ファシリ養成講座と特別解放コース
40セッションver. をご提供開始しますね。


基本マンツーマンで行ないますので、
日程については皆さんのご都合に合わせて調整しております。
お気軽にご相談下さい。



本部から届いております変更の意図は
下記となります。

急激な時代(エネルギー)の変化と共に 
 下記内容に変更させて頂きます。 
 ファシリテーター養成講座の金額を変更する意図としましては、 
 スピード感を持って 当該仕組みを知って頂き、
 『家庭内でも活用』して頂く目的がございます

▶︎▶︎『家庭内でも活用』というのは、あくまでも
 「考え方を変える・感情消化の方法のシェア」の意味であり、 
 親子間・夫婦間のセッションは推奨しません。


>>>なお、
妊娠初期の方に対しては セッションをお勧めはしていません。 
安定期以降のセッションをお願いしております。

また、統合失調症の方、心療内科等で投薬中の方、 精神疾患の方、
感情の起伏の激しい方にはセッションできませんので
何卒ご了承ください。


またここに
新たなシステムについて、まとめておきますね。


💫新)ファシリテーター養成講座 69万円(税込)   
40セッション+座学
10日間くらい(セッションが身体に与える影響を見ながら行なうため、
必要日数は人によって多少変わります)
▶︎新40セッションを適用。  
▶︎ファシリテーター人数の上限は設けません 。
▶︎RASプラスは受ける必要がなくなりました。

▶︎講座修了後、RAS認定ファシリテーターとして、
お客様にRASの個人セッションを提供できるようになります。
▶︎受講は、セッションを提供なさる意欲がある方限定です。
▶︎一般社団法人RASインターナショナルより認定証が送られます。
▶︎一気に受けても、分けて受けても構いません。
毎週土日×2ヶ月間でも、一年がかりでも、OKです。
▶︎毎年7月末〆で登録更新となります。
更新料は2026年3月現在11,000円、最低でも年間5セッションを
クライアントさんに提供することが更新条件です。



💫一般向け特別解放コース 
FIRST 40セッション 50万円(税込) 
SECOND 54セッション 110万円(税込) 

▶︎FIRSTを受けた方がSECONDを受けられます。 
▶︎FIRSTセッションからファシリ養成講座に変更の場合  
+23万円で変更可 。
(つまり合計73万円になるので、最初から講座を受けた時との
差額は+4万円となります。) 

▶︎ペースは応相談。
40セッションver.で、1日3セッションペースの場合
2週間ほどかかります。
▶︎一気に受けても、分けて受けても構いません。


💫既存ファシリ向け特別解放コース 
FIRST 40セッション 38万円(税込) 
SECOND 54セッション 88万円(税込) 

▶︎FIRSTを受けなくてもSECONDは受けられます。



🌿旧39セッション特別解放コースを受けられた方も、
新たにFIRST40、SECOND54セッション希望の方は 
 「一般向け」の特別解放コースとなります。

🌿特別解放コースは
ファシリテーター養成講座から座学を外した
セッションのみのコースとなります。
🌿つまり、ファシリ講座の40セッションと
特別解放コースの40セッションは同じ内容です。



上記料金は一般社団法人RASインターナショナルの規定によるもので、
全国統一されています。


ご入金後のキャンセルは受け付けておりません。 

地方出張も承りますので、お気軽にご相談下さい。
交通費、滞在費はご負担いただくことになります。

解放コースのみ、分割払いについても、お気軽にご相談下さい。
(ファシリ講座は一括のみ、となります)
ただし、コース終了時には全額支払い済み、となる必要があります。
よくあるご質問(☞こちら)もご参考まで。




前回も書きました通り、新たな40セッションは、
以前の39セッションに1セッション加わったわけではなく、
多少被っているものもありますが、全体的に変更になっています。
ただ、具体的な解放項目は掲載不可となっておりますので、
ご了承くださいね。


全く想像がつかない方もいらっしゃると思いますので


本部より
40セッション受講後 クライアントが 
『自主的に』感情消化に取り組むことが出来るよう 
 気づく視点を育てる意味もあり 教育的な内容としました。
とのことです。


「*ファシリテーター人数の上限は設けません」について。
2019年以来、250人に達したら終了にする ということでしたが、 
講座は修了したものの更新しないで辞めてしまう方も多く
結局いったりきたり、だったようです。

そうやって自然に人数もバランスするのでしょうね。
なので、上限は設けず、委ねることにしたようです。


私から見ると、この40セッション、
だいぶ面白いぞと思っております。

最初に目を通して「なるほど〜!」と思いましたし、
すごくよく練られているのを感じたというか、、

実際にRAS®代表も、日々セッションを重ねていく中で
「これ必要だわ」って項目を絞りに絞っていったんだろうな
って感じました。

すごく共感。


そして今のところ、私は
あいかわらず54セッションには心が踊らないので
当面提供するつもりがないこと、ご了承ください。

「イントラならできるようにならなきゃ」という氣持ちも
1mmも起きないため、笑
自分に正直に、いかせていただきます。


ちなみに54セッションはまた違った内容になってまして
かなり深掘りする感じ、ですね。

54セッションが氣になる方は
他のイントラさんにお問い合わせください。☺️


座学では、
信じ込みとは?未消化の感情とは?
感情を消化する手法、
「内側→外側(ウチソト)」について、
「考える」と「感じる」について、
親から子へ伝わる信じ込みについて、
信じ込み一覧表の解釈の仕方、
セッションを行う者としての心構え、
前三角筋を使った筋肉反射の読み取り方、
さまざまな解放技術、眼球筋運動、
セッションの流れ…
などを学んでいきます。





RAS®認定ファシリテーター養成講座の特徴は、
座学は少しで、ほぼ個人セッション🌟という点。

40ものテーマのセッションを通して、
とにかく徹底的に自分の信じ込みを解放していくんですね。



ファシリテーター側に信じ込みがたくさんあるままでは、
よかれと思ってであっても
自分の考えを押し付けてしまうかもしれませんし、
お客様をジャッジしてしまうこともあるかもしれません。


なるべく真ん中から、奥を観るために、
まずは自分が信じ込みから
できるだけ自由になっておく必要があるのです。


また、信じ込みが少ない方が筋肉反射も取りやすくなり、
セッションもスムーズです。


自分自身の解放が進むと
どんどん楽になっていくのはもちろん、

自分の中にお客様と同じ信じ込みがなければ
投影も起こらなくなりますから、
お客様の抱える問題にも巻き込まれなくなります。

これはもちろん、お客様だけとのことではなく、
全ての人間関係に言えること。


そして何より、
今まで信じ込み<痛み>から創造していた人生を、
個性本質から
本来の創造ができるようになるにつれ、
自分自身が喜ぶ💖
満ちてゆく🌈
人生そのものも、自然と変化していきますよ。


制限から自由になって、本来の自分自身を生きる✨
自分で自分を幸せにする✨
そう本氣で決めた皆さんを、お待ちしています♪



今は私も山梨県甲州市在住ですので
どれくらいの方が希望されるかわかりませんが、

こんな景色を眺めながら↑
近くに宿泊して、夜は温泉に入りながら
受講するのもいいな💓 って方はぜひ〜。


新宿から特急で90分なので
日帰りで通うことも全然できますし。

来てみるとわかると思いますが、
近い割に結構リフレッシュできますよ〜🌿


もちろん、最寄りの塩山駅までは
車で送迎します。(車で5分)☺️


参考までに、こちらも。

【私が送迎可能な、一人でも宿泊できる宿の例】
冬季オフシーズンはお休みになる宿もありますので、ご注意下さい。
(クリックすると宿の詳細リンクに飛びます)

♨️ 中村屋旅館 ⁦(塩山駅から徒歩10分)
♨️ 旅館ゆばた(塩山駅から徒歩10分)
♨️ 旅館大和(塩山駅から徒歩10分)
🌿Vineyard Vista ENZAN(塩山駅から徒歩8分)
🍇ぶどうの丘⁦⁩ (勝沼ぶどう郷駅から徒歩15分。バスもあります)
🍇ワイン民宿 鈴木園 ⁦⁩ (勝沼ぶどう郷駅から徒歩25分。タクシー3分 )
🍇洋風民宿ひとつぶの葡萄(勝沼ぶどう郷駅から徒歩20分。タクシー4分)
🍇勝沼ぶどう郷ユースホステル(勝沼ぶどう郷駅から徒歩18分。タクシー4分)


お気軽に、ご相談くださいね。



☆信じ込みの解放&感情消化サポートセッション® 
based on RAS®について 詳しくはこちら

☆信じ込みの解放&感情消化サポートセッション® 
based on RAS®の体験談はこちら


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2026/03/23

日々と宇宙の講座ベーシック第三期3回目の、皆さんのご感想


先日、朝4:30に起きて恵林寺の坐禅に参加してきました。
お庭の枝垂れ桜がもう満開で、綺麗でしたよ〜✨

今年は例年より桜の開花がかなり早いということで
急な春の訪れにびっくりです🌸

とはいえ、早朝はまだまだ寒く
暖房なしで裸足で坐るのは
なかなかに・・・修行モードでありました😅



さて、3/17に3回目を開催しました、5回連続の


毎回思いますが、
同じことをお伝えしていても

皆さんバックグラウンドやアイデンティティ、
持ってる信じ込みなどが、当然ながら違いますから

人によって受け取るものや解釈、ひっかかる部分は
ほんとそれぞれで、

そこがまた私にとっても
興味深く、面白く。


十人十色ならぬ六人六色🌈

これより少ないときっと
この「ホントに人によって全然違うんだなぁ」ってことは
伝わりづらかったと思いますので、

6人集まっていただけてよかったなぁ、と
つくづく。しみじみ。😌


私たちは「自分だったらこう思うから」をベースに
他者の氣持ちなどを想像したりしますが、
本人に確認しない限り
それはどうしたって想像の域を出ることはないわけで。


想像して他者を理解しようとすることは
もちろん尊い行為ではありますが、

時に、「想像が絶対だ!」と思い込んで(もはや妄想)
全然検討違いかもしれないにも関わらず
そうじゃない可能性は全く見ないで苦しんでいる方も
見受けられますので、、


「ホントに人によって全然違うんだなぁ」ってところを
落とし込んでおくことは、楽に生きるうえでも
大切なポイントではないかと思います。☺️



ご感想と氣づきを、受講生同士が読み合うことで
(過去の受講生も含め)
そこからさらに氣づいたり、より深められるように、
ということをメインの目的として、
またここにもシェアさせていただきますね。


受講生以外の方が読んでも、
ヒントになることはいっぱいあるんじゃないかと
思っておりますが、

講座の内容について書かれている部分は
各受講生フィルターを通した『一部』であり、
適切には伝わらない可能性もありますので、

ズレて解釈して受け取ると
かえって苦しくなることもあるかもしれないですし、
ゆるーく、読んでくださいね。


受講生の皆さんには、追って
グループLINEの方で
またもろもろ伝えさせていただきます💓





土俵にのる、のらないのところを
質問してくれた人がいたおかげで、そういうことか!と、
はっきりして良かったです。
 (その他の質問もすごく参考になって助かってます) 
自分が理解しきれてない部分、質問さえも上手くできないことを、
他の人の質問(視点、切り口)によって理解が深まるのは
複数人での受講のいいところですね!ありがとうございます。 

感情が生じた時点で我慢して相手に何かしなくても
その土俵にのっているというのが理解できました。 
相手に何か言ったり、したりしなければ、 
枠に入ってないと思って、見過ごされがちな部分だと思いました。 
また、我慢してることも結構あるかもと気づきました。 

自由と責任。 
介入は結構しているなぁと気づきました。 
人のせいにしているから、相手を変えたくなって
介入している時もあるかもしれないです。 
でも、上手くいかないからイライラするみたいな悪循環も多いです。 

自由が好きなのに、
たくさんの枠に長い間がんじがらめになっているからか、
自由に選んでいいよ、やっていいよと言われても、
自分は本当はどうしたいのかわからなくなっていると感じています。 
痛みからの選択ではない本来の自分の個性、シナリオは見えてくるのか。 
今の時点では、先は長いなぁという感覚です。 

今まで、時には一生懸命にオールを漕いで、上手く行かないと、
漕ぎ方が足りない、やり方が良くないと自分を責めたり、
がっかりしたりしていたが、自分の本来のシナリオとは
違う方向を向いていたということなんだろうか? 

そもそも、オールは漕がなくてもいい。 

講座のお話を聴いている分には、なるほど〜そういうことか
とわかる(わかった気になる)けれど、
実際自分事として落とし込むのは意外と難しく感じます。 
でも、難しいなぁで終わらせないようにしたいです。 
気づいたところから、焦らずやってみようと思います。




講座の第⼆回⽬ありがとうございます。感想送ります。
失礼があったらごめんなさいですが、
まゆさんの懐を信じて委ねたと、ご海容ください。 

<感想> 
・けっこうするするっと聞けて気になる場所はすくなかったです。
いい意味です!ワンネスの縦軸横軸ってなんでしょう?とか
理解度を試されると「聞き逃しました」って感じだ けど、
1回聞いて分かった範囲で今の私には⼗分です、という感じ。
「だってあんまり早くなくてもいいって⾔ってたしさ、、、」、
とかそういうとこは都合よく覚えていますが笑。 

・引っかかった箇所①、仕事を例にして、「権利と義務でやるより、
⾃由と責任でやるほうがいい仕事ができると、経営者⽬線で思った」
というお話は、「げろげろ、勘弁してよー。 仕事の話。
そして権利と義務でいいし向上⼼もないよ。。今の仕事には。」
と思いました 笑。本当に、今の仕事が嫌なんだな。
いま在宅勤務⽇の朝に書いていますが、1⽇TV⾒ てゴロゴロしたいです。
今⽇はやることあるので実際は無理ですが。
本当にそういうとき もあります。
やる気でないときにやってもしょうがないですしねーと⾔い訳しつつ。
ちなみに成果報酬でも歩合制でもない給料制なので、ただの穀潰しです。。
まゆさんが経営者のままだったら、
「なるほど、マジでこういう労働者もいるのか、対策せねば」
となるかもしれないですね汗。 

・引っかかった箇所②あとは、過去の会社の新⼈アシスタントさんの
遅刻のお話とか、まだ「⽣」の部分がある、怒りを感じました。
まだ怒ってらっしゃるなって。。なので印象に残りました。
私の受け⽌めなので、本当に未消化の怒りをお持ちかは、
もちろんわからないですが、やっぱり分離はドラマチックなので、
⼈の⼼を動かすよな、ってことでもある な、と思いました。 

・「私という枠が最後に残る」というお話を聞いて、ならば、
と思いだしたのが、以前まゆさんには直接話したことのあることです。
私は12歳まで、「鏡に⾃分を映すとこれが⾃分であると信じられなくなる」という現象がしばしばありました。
「えっ。私ってこの体の 中?この中にしかいないの?あ、指動かせる、
やっぱりこれが私?あれ、信じらんない信 じらんない。えーうそー。
わかんないわかんない。」と、部屋に寝転がってじたばたしてい た、
幼い記憶があります。
だいたい、親はおらず、⼀⼈で部屋にいたときに時折やってました。
もう少し⾔語化できるようになると、
「⾃分は、宇宙全体に茫漠と広がる意識だと 思っていた」
と感じていました。
この、「茫漠」という⾔葉がけっこう我が意を得たり、でしたね。
さらに、10代後半で解釈を加えたときは、
「思考が無限⼤の広がりを持つのに対して、⾝体の局在性に、
混乱してしまったんだろうな」とか思っていました。
スピ系に触れていくと、あれってもしかしたら
ワンネスに通じる感覚だったかもしれないな、と思います。 

・スピリチュアルって思考しちゃいけない分野かもしれないですが、
数学とか哲学の、形 ⽽上学的な学問って、純粋理論過ぎて、
逆に両者は近しい気もします。次元とかも数学的 に定義できますものね。
テンションが上がって、「次元とは何か」のNewton特集号を買って
読んでみましたが、 全部論理的に書かれているのに、
読んでもまったく意味がわからず、イメージできないの がすごい笑。
スピリチュアルだと、13次元の世界、とかも
ふわっとイメージすればいいですが、科学だったら、
「超ひも理論からこの世界は9次元であることが導出できます。
我々が住んでる世界は3次元なので、残り6次元に説明をつければ、
どうして我々が住んでいる世界が3次元か説明できるはず」とか
そのNewtonには書いてあって、控えめに⾔って 
科学って狂ってて最⾼だな、、と思いました。
4次元ですら、理論で説明されても、まった くイメージできないですね。
(というか、私みたいに空間認識能⼒が低い⼈間だと、
3次元もうまくイメージできてないし。)物理も数学も、
ある分野の最先端の理論を理解できるのって世界で100⼈いないとか
(Copilotに聞きました)、、最⾼だな、、。
物凄くそれたことを書いてますね、これ、失礼いたしました。 

・「川の流れ含めて私」「私とあなた含めて道」の話、
おもしろかったです。 そこを追究したくなるように、
まず私という個体を煩悩で満たすべく、マッサージを受け て、
おいしいもの⾷べたいなと思いました(?!)。




まず最初に、怒りの感情の消化について 
他者を巻き込まずとも消化できるということを 
コロナ禍の瞑想で感情を消化したという実体験を交えて話していただき 
改めてありがとうございました。 

直接の感想からは少し外れるのですが、、 
まさに同時進行で、怒りの感情について体験することが続いているので 
シェアさせてください。 
この数日の間に、気心知れた昔の同僚と仕事を絡めた諍いがあり。 
自分的には、人間関係はうまくいっていて 
しばらくトラブルらしいトラブルも経験していなかったのですが、 
久しぶりに他者に対してわかりやすく怒りとか
ムカつくという感情を抱きました。 
胸の奥の方がワナワナと震える、、みたいな感覚です。 
(LINEで質問した時はまだその予兆という状態でした) 
彼女は、昔同じ職場で仕事をしていたという影響もあってか 
何を考えているのかわかる、まさに同じ枠を共有しているという相手で。 
ポジティブな感情だけでなく負の感情も抱くこともままあったので 
なんとなく距離を置いていたのですが、 
まさにこの講座を受けているタイミングでその諍いが起こり、 
なるほど、この見ないようにしていた怒りの感情に気づかせるために 
今この体験が起こったということか、と思ったのでした。 
怒りに限らず、他ではあまり昂ることのない 
感情を揺さぶるために存在してくれている友人なのだな、と。 

そして、やりとりをする中で、相手に対し 
「私が怒りもせず言うことをきいてくれると思っているのだろうか?」 
という不満のような感情が出たのですが、 
ハタと、それは相手に対して出たけれど、普段自分が自分に対して 
行なっている行為そのものでは、、と思ったのでした。 
怒りの感情を抱いているのに、それは無視して 
ただ思考のいうことをきいてくれる、きかせる肉体、
として扱っていたのです。 
その気づきはハッとするというレベルを超えて 
ちょっと恐ろしさすら感じました。。 
彼女に対してなんとなく距離をおいていたことも、 
それは切り捨てる行為であって、含むとは逆、、 
つまり、それをしている限りは自分の感情というものも 
無いことにされるだけで含まれることはない、ということだよな、
とも思いました。 

さらに、結局今回もそのやり方を選択してしまったと思っていますが 
思考でもって自分の正当性を主張し、相手をやりこめる、、 
という解決策がいつもの自分のパターンであることも認識しました。 
それはまさに脳ミソが気持ちいい状態で、 
でもその裏で、感情を感じることがないことにしていたということか、と。 

講座の中で触れられていて、まさにそうだと思ったのは、 
我慢する、というのは、自分に対してだけやっているつもりで、 
同じ剣で相手も断罪したくなる、それを強いたくなるというところです。 
自分が常に、正当性とか正義とかという剣をふりかざしたい
と思っているのは それを自分に強く課しているからで、 
それによって自分が苦しんでいることには気づけていなかった、と。 
これは正しいことだ、という思い込みでいつも自動反応していて 
それ以外の選択肢を考えることもしなかった、、と。 

そういう正義感とか好奇心すらも、 
自我の餌みたいになっているという話も興味深いと思いました。 
自分の価値をあげるために利用している、 
それはもちろんたしかにそうなのですが、 
それが良くない(善悪はない、とはいえ) 
そうではない選択肢がある、と気づくことは 
かなり難しいことだと思います。 

それから、自由と責任/義務と権利の関係についての話も 
スピリチュアル的な見方としてだけでなく 
一般論としても理解が深まる感じでよかったです。 
ささいな家事ひとつとっても、何であれ 
自分でそれを能動的に選択してやっている、 
その結果責任を負うつもりがある、という心持ちで 
目の前のことに取り組めたら結果は全然違うだろうと思います。 
他者に何かを促す場合も、そういう意識になるよう 
関わっていけると良いよなと。 

以上です。 
改めて講座の話と実体験がリンクして学びが深まるのは 
とても興味深いと感じています。 
ありがとうございました。




・相手に土俵に乗ってもらって感情を消化せずとも、
自分ひとりで消化できるという話を聞き、
時々けむたく感じる母からの小言も、
私が母にそうさせているのかもしれないという視点に立てた。
私は責められたかったり罪悪感を感じたかったりするのかもしれない。 
今も夢で「私はあなたの彼氏じゃないのだよ」と、私の監視をして
自分をかまってくれないとすねて束縛をしてくる母に向かって、
ぼやいていた。(一方、彼氏ならそれをしてもおかしくない存在だ
という自分の認識にも少しぎょっとした) 

 ・身体以外の世間話や相談もするパーソナルトレーナーから
「情報はタダじゃない」と何度か言われたことがある。
最初は話の流れから、私に対してのクレームのようなものだ
と気づけずにいたせいか、その枠を持てていなかったが、
何度か言われるうちにその枠が自分に出てきてしまったように感じる。
相手は私が土俵に上がらないことでムキになって
その枠を押し付けていたのだろうか?あるいは最初から
多少の違和感(どうしてこの人そんな発言するんだろう等)を
抱いていた時点で私にも同じ枠があったということなのだろうか。 

 ・他者と接していて、なぜトラウマに付き合わされ(≒枠を押し付けられ)
なきゃいけないんだと思うことがしばしばあるが、
人間のご縁というものはそういうものか?
まだ家族やパートナーなどのとても近い関係ならそれも許容できるが、
距離の遠い関係性やパーソナルトレーナーのように
金銭が生じている関係性だと許容しにくい。 

 ・すべて自作自演なのに、自分が介入できない相手の世界
(相手の認識ではなく)なんて存在するのだろうか? 

 ・ここ10年程は、繊細な人との出会いが多くなり
気遣いする必要が増えてしまっていた。 類は友の法則なのか?
自分になにか気づかせるための自作自演なのか?シナリオなのか?
見分ける方法はあるのだろうか? 

 ・今の会社に入った時に覚えた違和感のひとつである
「残業をしてもらっている、働いてもらっている」という風土。
今ではその違和感を覚えにくくその考え方がナチュラルになってしまった。
きっとその枠を受け入れてしまったのだろう。そう考えると
昔の私や取り巻く環境が自主性の中で生きていたように改めて感じた。
エリート的な存在の人達の方が自主性が高いのか?
しかしエリート的な存在の人達の方がある種の枠が多い環境の中、
育っているようにも感じていた。
(大事に、もしくは厳しく、育てられた籠の中の小鳥のような。
※籠が枠だったのか!とも思った)
その枠は環境に設定されたようで自主性によって
自分を縛っているのかもしれない。一方、そうではない人達の方が
被害者意識で強いられている枠という風に設定している気がした。 

 ・ひとつめのワンネスとふたつめのワンネスで、
順番が大切なのだろうと思った。 聞きかじった知識で、
ふたつめのワンネスの世界である、すべてはお任せの世界だと
先に捉えようとしてしまうと、誤解が生じたり、
自己肯定感あるいは自責感が育たなかったりする気がした。




今回は、スピリチュアルに対して、言語化できないけど
心にあった不安のようなもの? を、やっぱりそうなんだ!と
教えてもらったような、そして目から鱗も多い回でした。 

まずは、「好奇心」が手当ての可能性がある、というのは
完全に盲点でした。 
好奇心は、私の心からの思いだと思い込んでいました。 
なんでも経験してこそ!が行動の指針だったのです。 
でも思い返してみたら、向き合うべき自分から逃げるための手段、
甘いお菓子みたいです。。。 
中毒性が凄まじく、ずっと「新しい経験」で手当てし続けていました。 

特に仕事についてなのですが、 
私は好奇心が旺盛だから、色んな経験をしてみたいから、
という動機で仕事を選んでいて、 
それじゃ何がやりたいの?ってことが、ずっとわからなくて。 
講座とワークを続けてきた今わかってきたのは、
とにかく自分を認めて欲しいということです。 
私はすごいと周りの人に思ってもらえるような仕事を選んでいました。 

まさに痛みが動機で仕事を選んでいたんだと気づきました。 
だから上手くいかないことが出てきて、
それが降り積もって辞めることになる。 
新しいことをしたいから、ではなくて、苦しくなって辞める。 
能動的選択が、いつしか受動的選択にすり替わっていたのですね。 
でも今気づけた! 
次は、自分の選択を面白がれるという俯瞰の目線を手に入れて、
選択してみたい!です。 

そして、「責任」という言葉への抵抗があったこと。 
自分が選んだ選択の「責めを負わなければならない」が
「責任」だと思っていました。 
そして、その責任は外に向いていて、
自分が選んだことで人から与えられた影響は、 
甘んじて受け入れなければならない、というなんという枠! 
これは私の身に起こったことじゃないと思えば思うほど、
そのことから離れられない。 
人のせいにばかりする家族について、
私は違うとずっと思ってたのですが、 
自分の選択を人のせいにし続けてきていた、だけでした。 
(そして、こういう気づきって道を歩いたりしている、ふとした時に
ハッと気づくの面白いですね) 

最後に、スピリチュアルにばかやろう!と思ったときもある、
という話が聞けて、 私だけじゃなかった!とちょっと安心しました。 
なんで私はこんなにずっと難しく考え続けているんだろうと、 
スピリチュアル知らなくても、楽しそうに生きてる(ように見える)
友達を見ては、 そう思う時がありました。 
でも、「知っちゃったんだから。」ですね。 
本当に心からそう思います。 

次回もよろしくお願いします。




録画を聞きながら常時首をうんうんと縦に振っている私なので 
ずっと刺さることしか無いわーという時間なのですが 
今回で特に気になったところとしては 

相手を変えることができない・介入の違いの話です 

 「べき」「正義」「よかれ」 

 「変えられる世界」について 
まゆさんの「介入」についての話を聞いていてわかったことがありました。 

生きているだけで向こうから宗教が寄ってくるという話を
つい先日まゆさんに愚痴ったばかりでしたが笑 
生まれた時から親がカルト宗教だったもので、本当に宗教が苦手で 
しかし駅のホームにいれば「彼ら」に話しかけられるし 
仕事をしていても「彼ら」がひたひたとやってくるし 
それらを嫌う人がそうとは知らずに、私にめっちゃ絡んでくるし、
などなど 

なんなん・・・・!! 
一番寄ってきて欲しくない宗教をみんなして持ち寄ってきて
私の周りでパーティーするの何なん・・・! 
って叫んでいた今日この頃だったわけですが 

まゆさんの「介入」の話を聞いていて
そうだ、宗教は生粋の介入だと思いました。 
よかれと思って全ての生き方を義務として押し通すあの感じ 
ずっと「宗教」だと思っていたテーマの本質は
「介入」だと思いました 

 (※全ての宗教がそうだということではなく、宗教を介入の道具にして
何かしらをこじ開ける人・組織が私の苦手なものです) 

 「介入」といえば戦争の原因でもあって
 (まさに今、絶賛やっている世界にいますが) 

カルトと言われる宗教の世界では
他人の世界に介入することが当たり前というか、 
それこそが素晴らしく、いかに介入して考えを「変え」させるかが 
至上命題になっているわけです(こう書いてみると凄いな・・) 

これは戦争の構図そのもの、摩擦の構図そのものですね。 

前世で戦争に巻き込まれた記憶がある私は 
今世でも戦争の影響を日常でとても気にしていて 
さてどこに疎開するかな・・備蓄足りるかな・・・と 
頭の隅にいつも考えていたりします。 

こうしてみると私は宗教というよりも
「介入」に相当強い痛みがあるようです。 
ということは過去やなんなら今、私も誰かに
「介入」しているかもしれません。 

もう1つは自由責任権利義務の図がずっとこう 
目に刺さってきました笑 

特に会社にいたりすると、もうこの4つが
いつも頭上を飛び交っていますよね。 
あっ!若手が義務を権利にすり替えて投げた!!
課長、一度受け止めて三塁の部長に投げた!!みたいな 

なんというか、この自由責任権利義務の図を
いつも頭上に浮かべておいて 
常に今の会話は何が何に化けたのか、
テロップを都度実況の人に出して欲しいと思いました。 

 一旦、以上です!




【第一期・二期の受講生がまた講座を聞き直しての氣づき】
*また届いたら追加します

こんばんは。 
先日ゼニスの再受講ありがとうございました! 
翌日朝目覚めた瞬間から水曜くらいまで感情の浮上が続き、
再受講でもこんなことになるのかと少し驚きでした。 

そんな中、3回目の講座の聴き直しをしました。 
更に深い内容に入ってきているのもありますが、集中できないというか、
どこか拒否しているような感覚があり、今回は映像でも見返したのですが、
何度も巻き戻したり止めたりして考えているうちに、
じわじわと本音に向き合うことになりました。 

特に「自由と責任」のところは耳が痛く、
自分の仕事に当てはめて考えました。 
今は会社を辞めるという選択の結果を含みたいはずなのに、
完全にゆだねるというところにはいけない。 
結果の責任をとる勇気がない。
執着や仕事を失った時の過去の痛みもありますが、
一番は家族にも迷惑をかけるのではないか、心配をかけるのではないか
という気持ちが大きい。 
未消化の感情、掟の発動、価値判断でがんじがらめになっていますが、 
結果的に自分が「失敗した」と思うことへの恐れから、 
責任を外側に置くことで選択しないようにしているのかなと思いました。 

成功も失敗もない。どちらもおなじ。
頭の中ではそれが真実なのだろうと思いつつ、同時に
これまでさんざん失敗してきたと思っていて、
それを失敗と素直に認められずにもいました。 
これは縦軸どころの話じゃないよね。くーーっ。というのが本音です。 
あと、今までは無意識に葛藤することも避けがちだったかなと。 
今回はもう少し葛藤してみることを選択しようと思います。 

あと、今回特に印象に残ったところは
「コントロールを手放したとき見える世界は大きく反転する。」
という言葉。 この真実のために頑張りたいと思ってしまいました。 
といってもずれないようにコツコツと。ですね。 

毎回新たな発見がありますね。 
今回の振り返りもよき時間になっています。 
いつもありがとうございます。


 💫


今回の講座はワンネスのつまづきポイントの解説でしたが、
見事につまづいてどつぼにハマッていました。 
そして講座を受けてきたのに分かっていない、
成長していないような自分を再確認して、
恥ずかしいとか自分はダメだとか若干感情が浮上してきました。
誰かに何か言われたわけではないのに、
勝手に自分がそういう思考パターンで物事を認識し、
受け止めているんだなと感じました。 

 二つ目のワンネスで自分が選んでいたようで選ばされていた
という話がありましたが、今回引越しが決まる半年前くらいから
引越し先の情報がちらほら入ってきて、こじつけかもしれませんが
今思えば無意識のうちに何かを感じて選択していたのかなと思いました。 
これまでオールを一生懸命に漕ぐことを美徳のように学んできたので、
がんばって漕がなくてもいいということを初めて知ったときは
にわかに信じられず、それでもこれで楽になるとホッとした記憶があります。 

これもあるあるだと思いますが、
全てが決まっているならと安心して委ねる人と、
何をやっても決まっているんでしょと諦める人がいるとしたら
私は後者に近い思考だと思います。 
これは自分の世界は自分が創っている、自分の思い通りにしたい、
コントロールできるとまだどこかで思っている証拠なのかもしれない
と思いました。 

責任と自由について:自分の都合のいい情報だけ選択して責任を放棄し
同情を請う被害者になる、
権利と義務:自分は○○という立場なのだから相手は△△すべき。
日常においてこの演目で日々ドラマを飽きもせず繰り広げています・・・。
人や場所が変わるとバリエーションは無限レベル。
今うちでよくある些細なケンカはほぼこれが原因かもしれません。 
冷静になって考えるとなるほどなと思うのですが、
事が起きて瞬時に感情が湧き上がりすぐに反応してしまいます。
出来事そのものはダイレクトに影響を与えることはできない
と教えてもらいましたが、頭での理解はできてもまだ腑に落ちていない
という感じがしています。
感情は自然に湧くものだからどうこうしようとするのは難しく、
浮上してきたものに対してこういう気持ちがあるんだねと
まずは寄り添って、じゃあどういう反応をしようかと
少し時間をかけて自分を省みる余裕があると
いつもの決まりきった反応パターンから抜け出せるのかと思いました。





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【日々と宇宙の講座ベーシック第一期生の皆さんのシェア】














【日々と宇宙の講座アドバンス第二期】







【日々と宇宙の講座フォローアップなどのご感想】











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