2/4立春に1回目を開催しました、5回連続の
何かを成すとか、何かを得るとかのためではない
マニアックな講座にも関わらず
またこうして3年ぶりに
本質的なところをお伝えできる機会に恵まれて
私はうれしい限りです✨☺️
今まで同様、講座のご感想を
『受講生同士が』読み合えるように
そしてそこからさらに氣づいたり、より深められるように、
それをメインの目的として
ここにもシェアさせていただきますね💓
同じ内容を聞いてても
人によってフィルターが違うので 、
ひっかりポイントや印象に残ることが全然違うってことも
改めてよくわかると思いますよ。
ただ、これまでも書かせていただいた通り
結構キワキワの話をしているため、
受講生以外の方が
感想の中から一部分だけを切り取った話を
そこだけで受け取ると、
簡単に誤解やズレは生じやすいので
何卒ご了承ください。🙏
受講生には、ズレが生じていても
LINEグループや次回の講座などで軌道修正できますが
(質問にもそちらでお答えしています)
このブログだけを読んでいる皆さんには、それもできません。
なので、氣づかずにズレてしまう可能性はある
ということはご理解の上、読んでくださいね。
ズレることが悪いわけではないですし
(苦しくはなるかもですが😅)
それよりも、読むことで起こるかもしれない氣づき
が、より大事かと思っております✨
そこには必ず
循環が生まれますから、
そうすることで巡るものもありますのでね。
だから
あまりクローズドにしすぎたくはないなと
思うのです。😌
そして今回、過去の受講生たちにも
「第三期生のタイミングにあわせて
当時の講座を聞き直してみませんか?」
と提案してみました💓
当時は氣づかなかったことに今は氣づけたり
ってこともありますし、
自分の内的な変化って
分かりづらいとこもあると思うんですが
同じことを何度もしたり
同じものを何度も見たり
ってことをすると、
以前との違い、変化に氣づきやすくなりますからね。☺️
でも、ある程度の強制がないと
人ってなかなかやらないので、
この機会を活用してはどうかな、と。
あくまで自由選択ですが
何人かの方が「やります!」とお返事くれたので
過去の受講生たちの感想もシェアさせていただきますね。
わーい\(^o^)/
先日は初回の講座ありがとうございました。
一番思いがけないところからの参加表明を
快く受け入れてくださってありがたかったです。
特に録画を見直さず、受けた時に思った感想をお送りさせてください。
全体を通して、
なんとなく聞き齧ったことのあるようなことだったり
思考では理解できていると思っているようなことが、改めて
さらに俯瞰したところから視座の違いとして整理できたり
情報としてではなく
あくまで自分ごととして振り返ったりすることができて、
初回とはいえこの講座ならではの良さをすごく感じました。
今回、個人的に一番印象的だったのは
最後の方の振動数の話題の中だったと思うのですが
この人じゃなきゃダメ!というドラマをしたければしていてもいいけど
それは抽象度が一番低い、重たい振動数の状態、、みたいな話で。
ちょっと話が込み入るのですが、実は最近とあるセッションの中で、
自分が今好意を抱いている相手に対し、
この人しかいないと思っていないか と聞かれて、
想いを貫くつもりでYESと答えたのですが
振動数をあげるために他にも目を向けなさい、と言われたのでした。
その人とは遠距離なのですが精神的共鳴はできている、と言われ、
両想いならなおさら「この人しか」と思うのは間違っていないし
それどころか一途でいいことなのでは、、と思ってしまったのですが、
この人ともし物理的な共鳴までしようと思うなら
もっと振動数をあげないといけない、それにはこの人以外を求めることだ
(つまりこの人しかいないと思うことで喜びの可能性を狭めている、
自分の振動数を下げている)ということを言われたのでした。
なぜ、両想いの状態に関わらず、その相手ではない
別の人を求めた方がいい と言われないといけないのか??
理屈を説明されてもどうにもハラ落ちしきれなかったのですが、
今回の講座で思いがけずそこが整理されて合点がいきました。
野菜でいう好き嫌いを超えて、ニンジンはいいけどトマトはダメ!に
なっていたんだなと。。
抽象度をあげて振動数をあげる🟰相手は誰でもいい、
までいけるのか、野菜ではなく人間でそれができるのか?
そのあたりはまだちょっとわからないのですが
振動数を変えるというのはそれくらいの概念の変化がいるということか、と。
その上で、その相手とドラマをやり続けたければ
「この人しか!」を続ける選択をする、のも
アリなんだよなと思いました。
講座の第一回目ありがとうございます!感想送ります!
失礼があったらごめんなさいですが、
まゆさんの懐を信じて委ねたと、ご海容ください。
<感想>
・前半の、人それぞれ見えている世界が違うというのは
結構聞いたことのある話でした。
私はスピ系はあまり深入りしておらず、
あるビジョン心理学を取り入れているカウンセラーさんのセミナーは
動画に結構課金して視聴してたのですが、そこでも
「自分の中にある要素しか周囲には見出だすことはでいない。
これを投影の法則という。」という話はよく出てきていました。
もちろん知っていることと実践できているかは別ということは
骨身に沁みています。
もっとロジカルなアプローチでは全然手放せなかった怒りを、
ビジョン心理学のセミナーや本によって、
「どのような観念(=信じ込み=ブロック=フィルター)を持っているか、
なぜそのような観念を持っているのか」を紐解き、
そのような自分を徹底的に受容していくことを学んで、
ようやく激しい自己嫌悪を手放せてきているので、
実践できるか?が肝腎だとは思っています。
ビジョン心理学の話ばかり書いてごめんなさい。
じゃあなんで今これを学んでいるかというと、
最近はもっとスピ系の超科学、感覚重視のアプローチな気分なので。
両者が同じ理論なんだなというのがわかってうれしかったです。
・この講座を視聴して、自分の中の痛み、古傷かも、
と思ったことがちょっとだけありました。
「同じというのはどういう意味ですか?
誰から見て、同じなんでしょうか?」という質問や
「振動数がどうして急にでてきたんですか?」という質問に対する
まゆさんのリアクションが、「は?意味が分からない」という反応に、
本当にちょっとだけ私は感じ、怖いと思いました。
ごめんなさい。
書いた通り、私のフィルターが原因だと思いますし、
講座でおっしゃっていたようにすべてのことに善悪もないし
正解もないし、いい悪いもないと思っています。
私は年上の女性に対して怖いという意識があるのかもな、、
と思っています。原点は母なんだろうな。いい年して情けない。
(ってこれもジャッジですから不要ですね。)
あと、振動数の話に対しては、
「私は振動数が高いほうがいいなんて誤解は知らない。
関係ないです。責めないでください。」という気持ちに、
これも少しだけなりました。
もちろんまゆさんは責めていらっしゃらないと思うので、
私には罪悪感というフィルターがあるのでしょうね。
・もう一つ、すべてのことに善悪もないし正解もないし、
等価値、という教えに対して、なるほど、と思う一方、
「戦争と平和」「生と死」などに対しては等価値なわけないだろう、
という激しい拒否反応がありますね。
前述の通り、私は主にビジョン心理学によって
色々観念を手放せているなーと感じていますが、
こういうすべて等価値論って真の悲しみには無力でしょ、、
という冷めた視線もあります。
子供を亡くした母親に、
「等価値だから落ち込む必要はない」なんて言えないでしょう、
あくまで私が味わっている程度の考え方とらえ方の問題で
何とかなる程度の問題(これもジャッジなのですが)に対しての
便利な対処法」、くらいに思っているところはあります。
・同様に、頭ではわかったつもりでも、おそらく
2/8衆議院選の結果によって日本が軍国化に向かっていきそうで
本当に暗鬱とした気持ちですし、自分の考えていることが正義、
という思い込みが強いです。
これが「戦争も平和もどちらも同じ、等価値☆」なんて
思えたらいいな~と思うのですが、修行が足りないです。
いや、心底ではここを譲ってたまるかという気持ちがありますね。
そして、同じく、
たとえば一人で必死に声を上げて戦っている人に対して、
「コントロールしようとしちゃだめだよ」とか
「必死に望むと正反対のことも立ち上がっちゃうんだよねー」とか
思うのも冷笑的すぎるだろうと思いますし
(もちろん講座では引き寄せも分離も否定していないのは
理解しておりますし、講座の話が冷笑的だとは全く思ってません。)。
分離はドラマチック、ということですね。
まぁ分離したいときは分離して、
肉体を持った人間としての生を味わうことも大事ということですよね。
・いろいろ感情が刺激される私に比べて、
Rさんのおっとりした反応とEさんのあっけらかんとした反応が、
なんだか好きでした笑。
・ひとりひとりが違うフィルターを通して物事を見ているという話で、
相手が自分とは違った見方なのかもしれないと出来るようになる
という点について聞いた時、そうなりたいのか感覚的には疑問だった。
きっと複合的に見えてしまう方が負けのようなかんじがあったからだ。
自分の意見を言うだけでいい相手と、自らの意見を持っていながらも
相手の意見の背景まで捉えて理解してあげるなり大らかにみてあげるなり、
労力等からみるとこちらがやってあげているというか
負担が大きいかんじがした。
→損得の信じ込みが強いのかもと思った。
・わかりあえることは奇跡という話を聞いた後、
ジャズのライブを見に行った時のこと。
ピアノ、ベース、ドラムと3人でのセッションは息がぴったりだった。
こんなに合っていて気持ちよさそうに演奏していても
時には他のメンバーにイラつくことだってあるだろうし、
合わない部分なんて沢山あるんだろうという想像をした。
そう思うと、普段友人等に対して合わない部分があると
それを残念に思ってそこにフォーカスしてしまうが、
合わないのが当たり前で合う部分があるという貴重さを
大切にしていきたいと思った。
また、ジャズをするなら自分だったらこの中でどの楽器にするかな
という疑問が浮かび、失敗がバレなさそうな楽器がいいな
という考えが浮かび、自分の思考の癖を認識した。
それは消去法的な思考だったり、
○○(失敗など)を避けたいという思考だったりして、
自覚としては好ましくない思考だったが、
それを敵のように感じてしまいがちだが、
「思考は友達」として付き合って面白がっていけたらいいなと思った。
そしてもう一度演奏したい楽器を考え直したら、
今度は積極的理由から選択できたので、
その自分の選択の違いも面白かった。
・他者との摩擦が頻発しやすいように思っていたが、
自分の世界を信じすぎたこだわりすぎもひとつの原因かと思うと
納得がいった。
しかし最近、こだわりの強い人が苦手になってきたので
今後の自分の変化が楽しみだ。
・自分らしさを押し付けてしまうという話から派生して、
否定をすることされることについて考えてみた。
間違いを正したい、変な方向に持っていかれたくないと
他者に対して相手に対しては悪気なく否定をしてしまいがち
(自分と関わりのある事案については)だが、
否定をされた側の気持ちとしては、
その事柄が気になってしまう、悩む、
否定してきた相手に対して嫌な印象を抱きだす、
他のことへのやる気もなくなる等ダメージが大きい。
そう思うと否定はしない方がいいと改めて思った。
・統合の世界で得られる状態というのはどういうものなのだろうか?
以前ほどではないが、二極化で得られるドラマチック以上に
魅力的なものはあるのだろうか、
それは自分にとって幸せなのだろうか?と改めて感じた。
以前よりジェットコースター的な人生の歩み方ではなくなったので
この平穏さの良さもわかりつつ、
生があって個として生まれているのに
統合の世界の見方になってどんな状態になりたいのだろうか。
まず、またしても、抵抗をする私のエゴに笑ってしまいました。
仕事を終え、自宅の最寄り駅のカフェに入ったのが18時50分。
全然間に合う時間なのです。
なのに、Zoomを繋げない私(エゴ)。
ブラウザからZoom見ようと思ってたのですが
それができるのはPCの場合だけ。
スマホだとアプリ入れないと見れないことを知ってるハズなのに
知らんぷりしてる私(エゴ)。
アプリをダウンロードしながら「もう受けたくない!」まで思い始め、
でも、指は冷静にアプリを操作しているのです。
というわけで、録画視聴のおかげもあり、
無事に講座もすべて拝見できました。
ありがとうございます。
①脳のフィルター
この話を聞いていて、どうしても思い出さずにいられなかったのは、
「アンティーク~西洋骨董洋菓子店~」というドラマです。
(以前お話したかもしれませんが...。
そしてタイムリーに昨日まで再放送していた、という...)
それまでは普通に時系列で物語が紡がれていたのですが、
最終回で急に全然違うテイストになったのです。
クリスマスイブ当日、ケーキ屋さんの一日、
そこで働く登場人物4人が、当日を振り返って語るという形式で、
でもそれぞれ自分の良いようにその日の出来事を解釈していて、
実際にどうだったか?という答え合わせはなく、
なんで急に!?と当時の私は憤ったのですが、でもそこで、
同じものを見ていても印象に残ることは人それぞれ違って、
どうでもいいことは、忘れてさえしまうのか!
ということに気づかされたのです。
(後から、原作の漫画も読み、あの話をあの時代に
テレビで放送するにあたり、たくさんの制約もあるなかで、
岡田惠和さんやスタッフの苦肉の策だったのだろう...!
と思ったりもするわけですが笑)
(そして、夜中の静かな時間のアンティークのケーキ屋さんに
とても憧れて大好きなドラマ、そして漫画です)
②引き寄せ
私がスピリチュアルな世界に入ったきっかけは、
まさに友達から教えてもらった「引き寄せの法則」でした。
本を貸してもらって、かなり真剣に取り組みました。
でも思いだしてみたら、願いは叶っていません。
分離の次元に居続けていた!!ということで、とても腹落ちしました。
願えば願うほど、強くそれに捕らわれていて、
頭で信じ込もうとしてもうまくいかないんだと。
そして、願いが叶っていない状況がダメだと思っていること。
これも気づいていませんでした。
ただ、そうしてもがいて、たくさん調べて萬夕さんにもたどり着いて、
その経験があったから、今深く理解できて、
すべて繋がっていて必然ですね。
③振動数
「振動数が高い=統合=軽い」は
「振動数」という言葉は知っていたけど、
それがどういうことかとてもわかりやすかったです。
「シンプルになることは、切り捨てるのではなくて
全て含んでいること」は、
すべての物事において、そうだろう
と思っていたことをズバリ言語化してもらったような言葉でした。
大学で建築を勉強して知った「Less is more」という言葉があるのですが、
物を作る時、全部乗せで盛り込んで、
でもそれをすべて壊してまっさらにした後に生まれる、
潔さというか、美しさみたいなものは、まさににこれだと思い、
それは、最初からシンプルにしようと思っても、生まれないものです。
でも、これを知っていることで、より強くそこに到達することができる。
これからの人生で大事にしたい言葉になりました。
そして、
神様が上・人間が下とジャッジしていた!ことも目から鱗でした。
明治神宮は、明治天皇を祀っていますが、気持ちよくて好きな空間なのに、
人を祀るということに違和感を感じていたんです。
でも、それは、神様が人間より上だとジャッジしていたからで、
これを聞いて違和感がなくなりました。
分離がなくなった瞬間!まさに2極を超えて手放した体験となりました。
今回は、①→②→③と自分が体験してきたことを
新しい角度から改めて解説してもらったような、
まさに、長方形や円が円柱だったことを知った時間でした。
それにしても、萬夕さん。
!!!「時空を超えたツアーコンダクター」!!!
は、かっこよすぎです。
それ、めっちゃいい!!なんなら私もなってみたい!!と思いました(^^)
課題も楽しみにしています。
ありがとうございました。
同じものを見たり体験しても、全然違うんだなぁというのは
10年近く前から本当に実感していました。
例えば、家族と話していて
こんなにも見方や受け取り方が違うんだなぁと、
それぞれの立場や経験からそうなるんだろうとはわかっていても、
同じ想いじゃなかったことが寂しくも感じて
その寂しさにフォーカスして、留まっていたかもしれません。
でも、違って当たり前だし、自分と違うからとがっかりしたり、
ジャッジしたりしなくていいのか!と思いました。
どうしてがっかりしたのかの自分の感情に寄り添って行くことが大事
ということですね。
みんな見ているものが違うことは実感していても、
その先のところが気づけていなかったようです。
私が感じたことを相手にも求めてしまってイライラしたり、
わかってくれないと悲しんだりしていたのかもしれません。
引き寄せのところで、分離の話はトラップが沢山ありそうで
深いなと思いました。
2極を超える、手放すを頭でやろうとしそうだけど、
頭でやろうとしたら結局分離の世界だから、超えられないですね。
(そこは頭でやるんじゃないよですよね!)
2極を超えるは、統合されて振動が高くなって、
分離の状態とは次元が変わってくるということでしょうか。
講座を受ける前は振動高いが良くて、低いは良くない
と誤解していました。
ありとあらゆるところですぐ優劣や善悪をつけていることに
気がつきました。
【第一期・二期の受講生のご感想】
*また届いたら追加します
まゆさんからグループラインに連絡があった時、
私は夫と絶賛喧嘩中で険悪ムード。
自分の正義を振りかざし、なんで分かってもらえないんだろう
とさみしさを感じているところでした。
身近にいる人ほど自分と同じ認識をしていると思いがちで、
いざ蓋を開けたら違っていたということがあると
ビックリするを通り越し裏切られたような気持ちになったり、
とても複雑な感情を味わいました。
夫としては私が一人プンスカしているのを見て、
別の意味で『分からない』を体験していたことでしょう。
こんな状況だったのですぐさま講座を聴き直し、
すっかり受講前のような意識で日々を過ごしていたなぁ
と気付きました。
それでも今回久しぶりに講座を聴いて嬉しかったのは、
今も思い込みのフィルターはいっぱいあるけど、
受講時よりもそこに対するジャッジが減ったことです。
私こんなフィルターを持っていたんだと気付いたら、
そんな私嫌い、ダメじゃんなどと
すぐさま自己否定の材料にしていたと思います。
そしてそのフィルターを手放さないといけないと思っていた。
フィルターに対してなにかアクションを起こさないといけない
と思っていた。
まゆさんに 気付いたらそれでオッケー というようなことを
言われたことがありますが、そこが納得できていなかった。
ええっ、気付いたからには手放さないと!って、
今思うとそれは排除に近い手放しであって、
分離を深めることだったのでしょう。
今はそのフィルターを
自分の構成要素のひとつとして捉えているに近い感覚というか。
もちろんいろんな感情がわくこともありますが・・・。
フィルターをたくさん持っている私=生きづらい
→フィルターが減ると幸せになるのでは
→フィルターを減らさなきゃ!
と躍起になっている当時の自分からしたら、
現在のフィルターをたくさん持っている自分でも別にいいか
くらいのスタンスでいるから生きづらくないことは
信じられないことかもしれない。
手放すことで統合しようとしていたけど、
今は何もしてないけど自然に含むことが
以前よりできているのではないかと感じました。


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