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2016/11/18

身近な人に、自ら命を絶たれるということ。


私は仕事上、「死にたい」と言われることも、
結構あります。

「死にたい」なんて、思っていたところで、
友達にも家族にも、そうそう言えないですからね。
だから、まわりは全然気づかない、ってこともよくあるわけで、
きっと皆さんが想像しているより、
そういう思いを抱えている人は多いかもしれません。


乳がんで闘病中の小林麻央さんのような人のニュースを見ると、
ああいう、愛されていて、生きたいと真に願っている人こそ長く生きるべきで、生きる価値のある人間だ、 こんな自分の命、あげられたらいいのに、、
と思ってしまったり、 

大手広告代理店の自殺した女の子のニュースを見て、
死んだらせめて社会に訴えられる、
あの上司にも、何かしら社会的な制裁が与えられるはずだ、
と考えてしまったり。

私も、中学でいじめられた時は、自殺を考えたことがありました。
それは、自分が消えてしまいたい、というよりは、
自分が死ねば、いじめていた子たちも後悔するんじゃないか、
自分たちがやっていたことの卑劣さを理解するんじゃないか、
って気持ちの方が大きかったんですよね。
だから、「社会的な制裁」って考え方も、ちょっと分かります。
だけど、それは違う、ってことも、今は分かります。


いま「死にたい」と思っている人達に、どう伝えたら伝わるだろう、、
と思い、思い切って友達に投げかけてみました。 

彼女は、昔、同じ会社の後輩に
突然死なれてしまったことがあります。
私も、その日のことはいまだに忘れられません。
いきなりかかってきた、尋常じゃない様子の電話。
絞り出す様な声で「今日、泊めてもらってもいい?」と一言。
そして泣きながら「後輩が・・・死んじゃった」と。
私の家に来た時には、彼女はもう、憔悴しきっていました。 

「死にたい」と思う方は自分のことでいっぱいいっぱいだから、
遺された人のことまでなんて、とても考えられないでしょう。 

でも、遺された側の思いも、知っておいてほしいと思うのです。
だから、彼女の言葉をここに書かせていただきます。
(許可してくれて、ありがとう。)


 *** 

死ぬことで誰かに「社会的制裁」を与えられるかどうか。 
たしかに一時的に、なんらかのダメージを与えることは可能かもしれない。 
だけど会社のなかにいて思ったのは、多少なりとも 
責任を感じるべきなんじゃないかと思える人ほど、全く効力がないということ。 
会社だって会社を守ることに必死だから、
ニュースのように表沙汰になるケースのほうが稀だし、
そんな目的で死のうなんて、死んだ後にもっと悔しい思いをするよ。 
時間がたてば、みんなほんとに怖いくらい、きれいに忘れてしまう。 
そうしないと、生きてはいけないから。 
憎い人より、大切な人を死ぬまで苦しめるだけ。 

自ら命を絶つことは、生前関わったあらゆる人に 
少なからず罪の意識を植え付けるようなものじゃないかと思う。 
事実、私は後輩の様子の変化に気づかなかった自分を長く責め続け、何度も絶望した。 「とりかえしがつかない」とは、こういうことを言うのだ、と。 

後輩が仕事でお世話になった方々から 
お悔やみの言葉をいただく立場にありました。 
その時に感じたのは、たとえわずかなご縁の人でさえ、 
心ある人にとって、どんな死も「悔やまれる」ものである、ということ。 

自分にそのつもりはなくても、その人の死に加担するようなことを 
少しでも言ったり、やったりしていなかっただろうか。 
生前、もっと自分にできることはなかっただろうか。 
自分が犯人でないことがわかって、つかの間安堵すると同時に、 
なにもかもが、もはや遅すぎることを後悔する。 

それが身近な人の自死だとしたら、答えの出ない悲しみのなかで、 
どれだけ自分を責めて、悔やみ続けることになるのか想像してみてほしい。 
そんなふうに先立たれる苦しみを知っているから、自分自身は死ぬこともできない。 
生き地獄を味わわせることになる。 

自分のことで頭がいっぱいで、そんなことまで、とても想像ができないから、 
「死にたい」なんて安易に口にしてしまうのだろうけれど。 

後輩のご家族のことを思うと、今も心が痛みます。


 ***


 「憎い人より、大切な人を死ぬまで苦しめるだけ」
という言葉が、重く響きます。 

私自身はこういうお仕事をさせてもらってるので
「死にたい」って言ってもらっても構いません。
むしろ、一人で思い詰めるより誰かに吐き出した方が
まだいいですから。
でも、どうか本当に死んだりは、しないで下さい。


以前、メルマガには書かせていただきましたが、
私は、分かってるだけでも3回は自害した前世をもっています。
(これを読んでいる皆さんも、おそらく最低1回はあるかと…)
中でも、以前も書きましたが、
3000年前の出雲で巫女してた時の体験。
自害した時の絶望、深い悲しみ、怒り、罪悪感、無力感、、、
そういった感情は、潜在意識下で、
いまだに私に強く影響を与えていたのです。 


確かに、自害すれば、
その人生のストーリーを終わらせることはできます。 

でも、重要なのは、
未消化の感情まで終わらせることはできない、ってこと。 

その感情は、次の転生、次の転生へと、
ちゃんと感じ切る(認める、受け入れる)まで繰り越されていくんですね。
皆さんが信じる信じないは、もちろん自由ですけど。

体験を繰り返せば繰り返すほど、
「やっぱりそうだ。そういうもんなんだ。」って、
人の信じ込み、固定観念というのは強化されていきますから、、
抜けるの、大変です。 

3000年後を生きる私にも、 それは引き継がれて、、在るわけなので、
(というか、何億年も前からあるのですが。^ ^;)
どこかでちゃんと向き合って、終わらせるしかないのです。
私は今世やっと、終わらせる機会を与えられました。
だから、終わらせます。
(どうやって?か。私の場合、仕上げはRASで、です。)


例えば、罪悪感。 

自害すると、当然、自分だけでなく、大切な人達をも深く傷つけてしまいますし、
彼らが遺されて苦しんでいるのを知ってますから
強烈な罪悪感、伴うんですよ。
しかも遺された側にも、強烈な罪悪感はもちろん、
様々な未消化な感情を植え付けることになります。
私は出雲で遺された側の二人にも今世また出会ってるので、
私が彼らに植え付けたもの、そしてそれが今世でも彼らを苦しめたことを、
知っています。(こういうのは、お互い様ですけどね)


しかも特に、
<死に際の感情>は次の転生にものすごい影響を与えます。 

これは今までヒプノを700人以上にやってきて、
少なくとも700以上の死に際に立ち会って来て、
私が経験から確信していること、です。
(何度も言いますが、信じる信じないは皆さんの自由です。
あくまで、私が勝手に確信していることですので。)


で、 

罪悪感を根っこに持っていると、
無意識に、自分で自分を罰しようとします。
そのために、痛みを伴うような選択をしてしまうのです。
無意識に、ですよ。
だから、痛みが常にあることが当たり前になりすぎて、
麻痺してくるんです。
「え?そういうもんじゃないの?人生って。」みたいに。
(ちなみにこれ、修行系の方に多いですけどね。)
痛みのない選択をしてしまったら、自分を罰することができないから、
わざわざ痛みのある方を選択して、自分を罰し続ける。。。

そんなのヤだ〜〜!!! 

って思いますよね。
でも結構多いですよ。
おそらく楽しく生きているように見えているであろう私ですら
そうなんですから。^ ^;


自害は、自分はもちろん、まわりにも、
こういった深ーーい罪悪感のループを生み出してしまう、
ということ。 

だから、現実的にも、輪廻転生システムから見ても、
するものではありません。
善い悪いではないんですよ。
じゃなきゃ、宇宙は「死ぬ自由」なんて与えてくれなかったでしょう。
ただ、死が終わりではないので、
次の人生での感情体験がもっとしんどいことになりますよ、
ってことです。 


こんなふうに書くと、
逃げ場がないように思いますかねぇ…
逃げ場をなくすために書いているわけではないことを、
どうか分かって下さいね。
「逃げ場がない」と感じているだけで、
本当の本当に逃げ場がないわけではありません。

ブログ「本当に、そこを辞めたら行く場所はないのか?
も読んでみて下さい。
私の友達が「行き場がない」と思い込んでいた時のことを
書かせてもらっています。
やがて抜けてみると、いかに視野が狭くなっていたか、に気づくもの。
でも渦中は、感情にのっとられてしまって、
なかなか分からないんですよね。。
のっとられている時に、重要な決断はするもんじゃありません。


行き詰まりを感じているなら、
旅に出て、全く違う価値観に触れるのもいいものですよ。

日本にだって、さらに世界にはもっと、
いろーんな生き方があります。

さまざまな「幸せのかたち」に触れる機会があれば、
これしかないと思っていた「幸せのかたち」が
「こういう幸せもありかもしれない」と幅を持ってくると思いますし、
選択肢が増えれば、葛藤は和らいでいきます。


幸せになる権利はない、とか
きっとずっと幸せになんてなれない、とか
決めつけないで下さいね。

でも、そう感じている自分を責める必要もありません。
そう感じるなら、そう感じている自分を
そのままに受けとめてあげて下さい。
無理にポジティブに考えることはないです。
そんなことしたら、かえってこじらせるだけ。
自分を否定せず、非難せずにただ感じてあげることは、
感情の消化になっていきます。


そしてもし「なんとかしたい」と思うなら、
押し付けがましいことは言いたくないですが、
できればセッションを受けにきて下さい。
(外に出ることもままならないなら、遠隔でゼニスもできます)

心が壊れてしまっている時は、
頭で理解する領域を越えたところを動かしていかないと、、
言葉だけではどうしても限界がありますので、
やはりセッションが、早いです。

感じながら感情の消化をするのはキツ過ぎるなら、
セルフケア&親子で出来るストレスケア講座」で
もっと簡単にできる感情消化の方法も教えています。

とにかく、
方法なら、いろいろありますから。
幸せを、諦めないで下さい。
(委ねる、という意味での<諦め>ならアリですが)


ただ、そこまでため込んできたものを、一回で何とかできる、
とはあまり思わない方がいいです。
期待し過ぎると、力んでしまうので、、、
力を抜いていくことが大切です。

一回でなんとかなる方も確かにいますが、
病院にだって何回かは通院するでしょう?
心だって同じ。
深い痛みには、何回かの施術が必要です。 
一刻も早く幸せになりたい気持ちも分かりますが、
どうか焦らないで下さいね。


そしてできれば、限界までため込む前に、
身体だけじゃなくて
心のメンテナンスも当たり前にして欲しいな、と
願っています。
どうか自分をもっと、大切にして下さい。




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