【お知らせ】
RAS本部より、RAS認定ファシリテーター養成講座&特別解放コースの価格が、9月より変更になるとのこと。詳細が来ましたら、またここでもお知らせしますね。
6/26(日)自由<フリー>で生きる!お話会〜人生1度きり!〜part.2@ZOOM、お申し込み受付中。詳しくはこちら
7/2(土)夜に遠隔ゼニスのワクちゃんセット、お申し込み受付中。詳しくはこちら
7/5(火)春原恵子さんコンサート、7/6(水)「真実の、宝物の声と出会う」合唱WS@ピラミッドセンター(山梨)、お申し込み受付中。詳しくはこちら
7/13(水)日帰りドライブリトリートvol.7〜感動の桃フラッペ&源泉掛け流し温泉♪は、満員御礼となっております。キャンセル待ち受付中。詳しくはこちら
日々と宇宙の講座 ベーシック第二期、4/24(日)よりスタートしています。詳しくはこちら
日々と宇宙の講座 アドバンス、4/24(日)よりスタートしています。詳しくはこちら
瞑想のためのキャンドル作りと体験ヒプノvol.9@葉山は、2022年中に開催予定です(たぶん。笑)。日程リクエスト受付中。詳しくはこちら

【リトリート】
大分・阿蘇秘湯巡りリトリートはまた紅葉の季節に開催予定ですが、既に満員御礼。キャンセル待ち受付中。人数集まるようでしたら、2回に分けてやります♪告知はしてませんが、基本はこちらをご参考まで。

【ゼニスオメガヒーリング・プラクティショナー養成講座】
この状況ですので、ZOOMでのオンライン授業が可能になりました。詳しくはこちら当面はオンラインのみで開催させていただきます。テキストを事前に送る都合上、開催1週間前には受付終了とさせていただきます。
受講料に関しまして、長年『税込』でやってまいりましたが、2022年より『税別』となりましたのでご了承下さい。

7/8(金)9:00-17:00レベル5授業(クラスのみ)、お申し込みは7/1〆切
7/23(土)10:00-17:00レベル4授業、お申し込み受付中
レベル1授業(要2日間)、受講希望者募集中。3名集まったら開催確定。
レベル1〜5まで、ご希望に合わせて随時開催中です。他校からの生徒さんもどうぞ。お気軽にお問い合わせ下さい。授業内容について詳しくはこちら

RASセルフケア講座に関するQ&Aはこちら。(受講された方へ)

2022/06/27

日々と宇宙の講座アドバンス3回目の、皆さんのご感想



6/19に3回目を開催しました、5回連続の


いただいていた質問が
「これはベーシックでお伝えしていたことが
ちゃんと落とし込まれてたら出ないはずの質問だなぁ…😂」
という内容でしたので、

最初の1時間くらいは、ベーシックの大切な部分、
「分かったつもり」になりやすい部分について、
おさらいしながらお答えしました。


同じことをお伝えしていても、最初の時よりも
皆さんの理解は深まっていますので、また違う感じで
入っていったのではないかな、と思います。👍


それくらい、「わかったつもり」になるのは簡単なのですが、
「本当の意味でわかる」のは、結構難しいかもしれないこと
をお伝えしているのですよ。☺️


皆さん、「自分ごと」として受け取れる真摯な方々なので
素晴らしいな、と思います✨


それから、
ヘルメスの7つの原理の4つ目<極性の原理>についてと、
5つ目<リズムの原理>について、
今までお伝えした原理との関係性も含めて
お話ししました。☺️


ご感想を、いつもと同様、受講生同士が読み合えるように、
そしてそこからさらに気づいたり、より深められるように、
ということをメインの目的として、
ここにシェアさせていただきますね。☺️


とても素直に、まっすぐに、文章にしてくれているので、
講座を聞いてないと「?」な部分もあるとは思いますが、
受講生じゃなくても、読んでみると、たくさん、
大切なヒントが見つかると思いますよ❣️



まゆさんが「自分だと思っている自分は本当の自分ではない」
と講座の序盤でおっしゃいました。
うーん、わかるような、やっぱりなんだかよくわからないなぁ
と思いながら聴いていましたが、
リズムの原理を学んでいるときに、まゆさんが振り子を例に
感情の揺れなどについて説明をしてくださいました。
そのときに、どんなに振り子が揺れても
振り子の支点は動かないとまゆさんがおっしゃいました! 
自分もどきが揺れて、本当の自分は不動であると!!!
あっ、このことをおっしゃっていたんだなと、
気がつくことができました。 

本当の自分は不動であるから、
感情が揺れ動くことを恐れる必要もないし、
感情が揺れてもいいのだ!とお話を聴きながら思いました。

そうだよね!揺れていいのだーっ!と、
今までは感情をできるだけ揺れないように、
感情を出すことで誰かに弱さを見せることや
冷ややかな目で自分を見られたくない、悪口などを言われたくない
と思って、特にネガティブな感情をださないように生きてきた自分に
やっとちゃんと目を向けて、それを認めてあげられたように思います。 
ありがとうございました!



⺟の急逝から,まだまだ,感情の整理ができていなくて,
ぼーっとしながらの参加にな ってしまいました。 
「それでもいいわ。今の私はこういう感じなのだから」と
勝⼿に割り切ってお話を聞い ていました。 
でも,今⽇は,なんだか妙に置き去りにされた感じがしていました。 

「萬⼣さんが,他の参加者の⽅に話しかけるのに,今⽇は,
私には何も話しかけてくれな い・・・私,何が⾜りないんだろう。
なにか悪いことをしたかな?気に障ることを⾔ったかな?・・・」 
と珍しく負のループに⼊っていました。 

萬⼣さんがそんなことをするはずもないから,
それは,私が勝⼿に感じているだけで・・・ 私の本⾳を探してみました。 

「やっぱり萬⼣さんに認めてもらいたい」 
「萬⼣さんに,褒めてもらいたい」 
「萬⼣さんに励ましてもらいたい」 

そんな私の⼼の声が⾒つかりました。 

これって萬⼣さんにじゃなくて・・・違うでしょ??? 
本当は, 
「やっぱり,私は私に認めてもらいたいと感じています」 
「私は,私に褒めてもらいたいと感じています」 
「私は,私に励ましてもらいたいと感じています」 

あ〜っ,切ないわ。泣けてくる。。。 

まだ,私は,私にダメ出しをし続けています。
やめたはずなのに・・・ 
もう,こりごりだよ!!!って思っていたはずなのに。 

癖って⼿ごわいです。⾃分の思い込みもなかなか気づかないで,
⼈を悪者にしています。 その⽅が楽だから。
そして,もう,やめたはずなのに⾃分を責め続けています。 

この感想も,どんなふうに書いたら萬⼣さんに気に⼊られるだろうか
となかなか書けずにいました。 

「それじゃ,本末転倒なんだよ」 
と⾃分に突っ込みを⼊れて,思ったことをそのまま書き始めました。 

⻑いこと⾃分の感情に蓋をし続けてきたので,今,(⺟が亡くなって)
本当に⾃由になって,気が抜けた状態です。
⾃分の⼼に蓋をし続けて,湧いてきた感情をなかったことにして・・・
だから,抜け殻になっているのだと思います。 

ここが頑張りどころ,何を頑張るのかというと,「休むこと」です。
とことん⾃分の気持ちによりそって,ねぎらって,⽢やかして,
ここからさらに本来の⾃分を取り戻そうと思 っています。 

Basic で学んだことが腑に落ちていない。
頭で理解して,わかったつもりになっていたけど・・・
そう何度も感じた今回の講座でした。

「これも,Basicでお伝えしたことだけど・・・」 と⾔われると 
「はい,その通りです」なのでした・・・。 

それでも,私の思い込みやマイルールは少しずつですが,
外れていっています。
その証拠に私は⽣きることがとても楽になっていて,
幸せを⾒つけることが上⼿になっているか らです。 

『⽇々と宇宙』の学びは,特効薬の即効性はないかもしれませんが,
確かに効いています。
さらに効果を発揮するのは,私が『やってみること』です。
実践することによって変化はでてきます。
「やるか,やらないか」ならば,やることを選択していきたいのです。 

「まだわからんのかぁ〜〜〜!!!」そう感じながらも,
諦めずに伝え続けてくれる萬⼣さん,そして,
いつも⼤切なことに気づかせてくれる参加者のみなさまに感謝です。
次回もよろしくお願いします。



これまでのおさらいもして頂いた今回の講座は、私にとっては
いつもにも増して情報量が多くて咀嚼に時間がかかりそうです。 
「善悪はコインの裏表でお互いに支え合っている」というのも、
確かにどちらかだけでは存在することは出来ないのだな、と
また改めて思いました。 

「"怒る、怒らない"は、''怒らない“が良いことだという訳では無い。
それもまた2極の片方。
''含む”というのは振り子のように“どちらに揺れてもいい"と許すこと。
振り子の持ち手の位置に立つこと」というのも目から鱗。 

私が講座のLINEグループの中で使った「自分のせい」という
言葉遣いについても、「''自分のせい”という言葉が出てくるのは、
”自分のせい、誰かのせい"って、何かのせいにしたいから」と言われて、
どきっ。
こんなちょっとした言葉遣いにも、本人の思考癖が現れてしまうのか。
普段、自分がどんな言葉を使っているのか、見直してみたいと思いました。 

それから講座中「ひとつ上の振動数で見る」という宿題について、
他の方のシェアを聞きながら、小学生の頃読んだ
漫画版「シートン動物記」のことを思い出していました。 

毎回様々な動物たちが主人公になっていて、
具体的な動物は忘れたのですが、仮にウサギが主人公の回だったとします。
キツネに追いかけられたウサギが何とか逃げ切って
巣穴に辿り着いたところで、私はホッと安堵しました。そして
「あれ??キツネが主人公の話しだったら、
子ギツネがいるお母さんキツネの話しだったら、
私、今、ガッカリしたんじゃないの?!」とびっくりしました。

視点とか立場の違いで同じ出来事がこんなにも違うストーリーになるのか
と、子供心にも驚きでした。
(振動数を上げれば、全部同じ生き物なのにって話しになります。) 

こんな風に自分とは全く別のストーリーが相手にはあるのですよね。 
母のストーリーを知って何とか理解したいと思い、
どんな風に育てられたのかを聞いたことがあります。
そうしたら、末っ子だったので父親に可愛いがられて育ったそうで、
母親とも女同士だから喧嘩することもあったけれど、
特に確執があった訳ではないらしいのです。
何で私たちに対してあんな子育てしか出来なかったのか、
の理解には至りませんでした。 

講座の中で「原因探し」とか「深掘り」は新たな分離を生む、
というお話しもありました。 自分の納得出来る原因が
自分の助けになることもあるけど(ヒプノで前世を知るとか)、
私の場合は「原因を外側に求めず、内側を見なさい」
ということなのかも知れません。 

 講座の中で萬夕さんに「未だ自分の中の小さな自分と向き合っていない」
と指摘されました。残念ながら当日はWi-Fi環境が安定していない等、
自分が話しをすることが出来ない状況だったので心の中で反論していました。
「いやいや、しましたけど?試行錯誤した末のインディアンドラムのこと、
書いたでしょう?」と。 
だけど萬夕さんが言いたいのは本気でやっていますか?ってことですよね。 

 >何事も、 「本気で決める」って、大事なんですよね。 
 「本気で決める」と、エネルギーの流れが 変わりますから❣️ 
 >自分が「本気」かどうかは、 外側のせいにしていないかどうか、
 で分かります。 

これは先日の萬夕さんのメルマガの中の言葉です。
まだ外側のせいにしたい自分もいるし、
エネルギーの流れも変わっていないし、「本気」じゃないのか?。。。 

 「そもそもの自分の目的は何なのか?愛されたい、幸せになりたい、
役に立ちたい、とか、そういうことだったのではないか?
目的と手段が入れ替わっている。」 

 「”自分は相手にああされた、こうされた"と自分の痛みに固執するのは、
自分というものにこだわっているから。自分を否定しているようで、
自分をとても大事にしている。」 (←うろ覚えで、萬夕さんの言葉
そのままじゃないかもですが)という講座の中の言葉も刺さりました。 

毎日やっているホオポノポノと恵子さんに教わった「声」のワークの他に、
自分の中の小さな自分に話しかけることにしました。 
話しかけても何の感情も起こらなかったり、声が聞こえてきたりすることは
無かったのですが、先日通勤中に「私はこんなこともあって、
あんなこともあって、とってもとっても辛かったの!孤独だったの!」と、
ギャン泣きしているのを感じました。
「ごめんよ、ごめん。もう職場の近くまで来ているんだよー。許して。」
と謝りました。せっかく出てきてくれたのに、ごめんなさい。
本当に本当にごめんなさい。



録音で聞き返してみたのですが、前半のおさらい、
にんじんの分離の話あたりで、まゆさんの伝えようという気持ちを
ビジバシ感じて、ジーンとこみあげてきました。
すごく伝わってきました。。 
おさらいも最初の頃よりかなりイメージしやすくなっているな
と思いますが、毎回異なる聴き方、受け止めた方ができるなと感じました。 

極性の原理、リズムの原理ともに説明はとても詳しく
分かりやすかったです。 
極性の原理については、二極も認識次第というところは、
確かになあと思いました。 
また、ベーシックの時の反対を考えて思ったことを書き出す課題を
思い出しましたが、 このワークはしばらく忘れて
実践していなかったので、再び意識するようにしています。 
今までは気付かなかったひっかかりが出てきたりすると、原因の深追い、
自分責め、フタをするのいずれかに走りがちになりますが、
できるだけそうならないよう心がけています。 

リズムの原理については、自分の場合は頭の中で色々あーでもない、
こーでもないと思考し、揺れることにかなり否定的になりがちです。 
身の回りのことを考えると、「色々ある」としてしまえば、
「ある」となってしまうのですが、以前と比較するとかなり穏やかで、
大変だ!問題だ!ということは正直言うとありません。 

昨日朝も今の自分に問題と思えることなんて何もないんだよな。
と平穏をただ感じていました。 今、そうゆう心境にいるのも、
やはりこの講座を受けてきたことが大きいと思います。 
ただ安定しようとしていると思うので、
逆に振れる感覚は色々想像するにとどまっています。 
実際、逆に大きく振れようとするなら、
俄然として抵抗がでてくるだろうな。。と想像します。
ですが、恐れずに選択することを忘れないでいたいなと思います。 

あと、私も先日の録音を聞いて、自分の声はバラバラとしている。
好きじゃない。と直感的に思いました。
あまり気にしたことなかったのですが、声の感じや話し方って大事だな
と思いました。 そう思っていた矢先、昨日職場で電話をとった際、
相手の名前を失念してしまったので、会話の録音を聞きなおして
確認したのですが、自分の話し方がイヤな感じで、
イライラが感じられる部分がありました。(今まで聞き返すような機会は
なかったのですが、ここにきてでてきます。自作自演ですね。) 
自分ではそのイライラ意識が全くなかったので、びっくりでしたが、
おそらく電話をかけてきた相手(知らない方)が、最初から
イライラした感じだったので、自動反応してしまったのかな。 
イライラを発してはいけない掟が発動して反応したのだろうと思います。 

あととらわれすぎると偏るというお話ですが、
感情消化「しなければならない」は、まさに自分のことで、
消化しないと先に進めないというか、他に何もできないような感覚
になっていました。 全然気づいてなかったです。 

そもそもの目的は何?を日々の中で少し意識しながら生活していくと、
物事の捉え方や行動も変わってくるのかなと思いました。 

ありがとうございます。 
次回もよろしくお願いいたします!



萬夕さんからEさんへのメッセージでしたが、
まるで自分が言われているように感じて聞いていました。 
自分自身を低く見ている。自分を見くびってきた。
どうせ出来ないだろうという見方を自分自身がまだしていることに
お話を聞いていて改めて気付かされました。
なんか胸がジンジンしながら聞いてました。
この部分はまた感情消化や自分自身で見ていきたいと思います。 

人が怖い、仕事で色んな人に接するのが怖いってことについては、
lineでも書いていたように感情消化を結構やってましたが、
その後やり過ぎて「もう無理だよーって」小さい自分に言われてしまい、
その後は必要だなと思う時以外やらなくなりました。 

また、必死に感情消化をやってたのはやはり恐れからでした。
怖いからやらないといけないになっていた様に思います。
正に萬夕さんのおっしゃっていた体験を避けて妄想の中で生きている状況
なのかなと思います。 

また、自分自身今までさんざんいろいろな体験してきたのに、
今恐れているものと今までやってきたことの違いは何?って
思うようになってきました。飛び込み営業もしたし、
クレーム謝罪も何度もしてるし、セミナーでチームを組み、
たくさんの人の前で私がプレゼンして優勝したこともあるのに…。
どうしても怖いにフォーカスしてしまいます。
既に体験して出来てたはずなのに…。
もっと出来る方にも目を向ける、フォーカスしつつ、
萬夕さんのおっしゃっている出来るだけに偏るだけでなく、
どっちでもいいと含んでいき奥を見られるようになりたいです。
私自身も過去の記憶や妄想にしがみついくことから卒業する時だと思います。 

私の仕事についてのお話で最初に私が気になったのが
「恐れが立ち振る舞いに現れる。相手がそれに反応する」のところが
心に大きく残り、やっぱりなみたいに感じてました。録画を聞き
萬夕さんは的確にアドバイスをくださっているのに、私のフィルターは
正に恐れている部分だけをピックアップしていることに気付きました。

恐れが現れてしまう→まだ未消化の感情がある?
さんざんやってきたつもりですがまだまだ足りないのか?
それとも的外れなのか?私が怖いにしがみつくメリットとは何なのか?
ちょっとぐるぐるしちゃってます。 
敵を常に作っておきたいのかな?
スーパー銭湯で一番人気の源泉風呂でちょっと横に寄せれば
もう一人湯船に入れるのに気が付かない爺さんをガン見してみたり…。
電車の順番待ちで割り込みそうな人がいるとブロックしてみたり…。
うーんちょっと違うかな?原因探しにならないよう気を付けます。 

アドバイスの中で、感情ひっこめて全体を眺めることで
振動数を上げてみると、また違った立ち位置が見えてくる
というお話はとてもありがとたかったです。
会社、全体の為に最もナチュラルに行動できる自分になりたい
と思いました。 

なんか前半部分のどのお話も、
自分が叱られているような感じで聞いてました。 
今までのベーシックで習ったことをマスター出来てるのか。
体現出来てるのか含めているのか? 
日々と宇宙の前に途中から参加させていただいた、
するをおとすも出来てない。
責めても仕方ないですが強く感じました。 
間違ってもいいんだよ。本当は瞬間瞬間。次の機会には出来てるかも。 
自分は自分ではない、出来ない自分を責めなくていい。
何度も聞いているお話でもまだ自分の中で腑に落ちて入っていないからか、
印象に残ります。 

極性の原理で気になったのは三次元は常に変化している。そもそも不安定
とのことで、どうしても感情が揺れないで落ち着いた自分でいたい
とか思いますが、揺れてはいけない!ではないのですね。
ブレない自分、揺るぎない自分を作りたいなんて思ってましたが…、
ジャッキーチェンの酔拳や建物の免震構造みたいなイメージで良いのかな
なんて思いました。
反対側の体験を許す。勇気を持って!とのことで、
今一番私に必要なことだなと思いました。
失敗も成功も無いのだから「やってみなはれ」ってことですね。 

リズムの法則のところで、うまくいかないのは不自然だから
抵抗しているからとのことで、思い通りにいかないのはデフォルト
とのことでしたが(デフォルトとは初期設定って意味で良いんですよね?)、
小さい頃からどうぜうまくいかない!って強く思っていて、
小学生の時リコーダーがうまく吹けなくて母の前でリコーダーを
床に叩きつけたことや、机の中の引き出しを作るのがうまく出来なくて
自分はうまく出来ないって強く思ったのを思い出しました。

コインの表裏。思い通りになるならないはセットとのことで、
両方含んでいって、宇宙の法則を理解し自然に利用すれば
思い通りになりやすい位に思っていればいいのかな?なんて感じました。

ここで怒りが出るのは被害者意識があるとのことで、
私はまだ被害者意識があるんだなと思いました。 

新しい原則よりも自分自身が今まで学んだこと大丈夫かな?
って気持ちが強く残りました。
足りないとこをしっかり復習しようと思いました。 

萬夕さん、皆さんありがとうございました。
また次回もよろしくお願い申し上げます。








【日々と宇宙の講座ベーシック第一期生の皆さんのシェア】


☆「気づきのヒント まとめ」はこちら
☆メニューと料金はこちら

2022/06/24

7/13(水)日帰りドライブリトリートvol.7〜感動の桃フラッペ&源泉掛け流し温泉♪


7/13はすでにリクエスト&ご希望で満員御礼❣️
(キャンセル待ちは受付中)なのですが

まだ桃のある8月にも、またリクエストがあれば
日帰りか1泊でやろうと思ってますので、
(お盆や土日は渋滞がひどいので、避けたい…)
参考までに、ここに告知を書いておこうと思います。☺️

桃のスープもおいしいの♡

日帰りリトリートは、
もともとは限定4名でやってたんですけどね。

できるだけ多くの希望者に、と思いましたし、
後部座席は3人座るとぎゅうっとはしますが、
それはそれでまた、わいわいと楽しかったので。☺️

でも、コロナ禍をはさみ、ぎゅうっ=密 みたいに😂
なってしまったことですし、
大人はゆったりが好きですしね、

限定3名と減らす代わりに、
ちょっとだけ料金は上げさせていただきますね。


日帰りリトリートは、新宿からの行き帰りの車中で、みんなで
お悩みから雑談まで、いろーんな話をする、
小さなお茶会のロングバージョン、みたいな感じです。☺️

グループ・コンサルのようになることも多く、
時間を気にせずたっぷり話せる かつ 楽しい♪
というところが、人気ポイント、でしょうか。


今回は「あの桃フラッペをまた食べたい❣️」というのが
最初のリクエストでしたので、今のところ、
まずは農カフェ(山梨)でランチの予定。


ランチプレートに小の桃フラッペ↑をつけることもできますし、
なにせ最高においしい✨から、ペロリといけてしまうため😂
大(最初の写真)がいい❣️という方は、そのようにもできます。


その後、温泉で身体をゆるめてリラックス。

秘湯巡りのせいで、すっかり、景色より何より、
泉質がよくないと満足できないわがままBODYになってしまった
私(とR子さん)が😂「ここは素晴らしい✨」と思える

自噴していて、飲泉もできる、かつ、そんなに混んでいない
源泉掛け流し♨️へお連れしますね。


身体がゆるむと、ハートもオープンになりやすいですから💖
2泊や3泊のリトリートのようにはいかないまでも、
深い話もしやすくなりますよ。☺️


決まっているプランはここまで。
あとは流れにままに。

なので、晴れていたら、ちょっと足をのばして
河口湖方面までドライブするのも、なくはないです。

どこかのタイミングで、オラクルカードもやりますね。

18時には出るので、おなかがすいたら
(おなかはすいていない場合が多いですが…)
夕食はサービスエリアか、何か買って車中で、となります。



 <日帰りドライブリトリート♪概要>
開催日:2022年7月13日(水)10:00〜20:00
集合:7月13日(水)10:00 新宿のレンタカー屋さん​
(20:00までに新宿に戻るつもりですが、道路状況によっては、
21:00になってしまうかもしれません。)

定員:限定3名  *満員御礼!!

参加費:22,000円(税込)
【参加費に含まれるもの】 お話会代、コーディネート料、
レンタカー代&ガソリン代&高速代
【参加費に含まれないもの】 ランチ+桃フラッペ代、お茶代、
集合場所までの往復交通費、温泉入浴料

持ってくるといいもの: 温泉用タオル&バスタオル、歩きやすい靴、
日焼け止め、帽子、虫除け、天気によっては雨具、レジャーシート


予約:件名を「日帰りリトリート7」とし、
お名前、メールアドレス、携帯番号、緊急連絡先を明記の上、
お申し込み後こちらからお知らせしますので、
参加費を指定の口座まで3日以内にお振込み下さい。
(振込手数料はご負担下さい) 
ご入金確認次第、お申込み完了とさせていただきます。 
定員がございますのでご了承ください。

おかげさまで満員御礼。8月のリクエストも受付中。
キャンセル待ちご希望の方はお気軽にメールくださいね。

メールをいただいた方には必ず返信しておりますので、もし1日たっても何も届いていない場合は、迷惑メールに入ってしまっているか、迷惑メール設定によってはじかれてしまっている可能性もあります。ご確認下さい。
特に携帯メールですと、お互いにエラー表示がないのに届いていないということも時々ございます。その際はTwitter @hibino_neiro やFacebook でのご連絡も可能ですので、ご利用下さい。

 <キャンセルについて>
◆開催2週間前までのキャンセルにつきましては、キャンセル料は30%とし、振込み手数料を除く料金の70%を返金いたします。
◆開催7日前〜前々日までのキャンセルにつきましては、キャンセル料は50%とし、振込み手数料を除く料金の50%を返金いたします。
◆開催前日~当日のキャンセルにつきましては、キャンセル料は100%とし、料金は返金いたしかねます。
◆ただし、他人への譲渡は可能とします。 ​

<お願い> 旅行中の万が一の事故、怪我、盗難等を含む一切のトラブルについて主催側では責任を負いかねることをご了承ください。



【2018年の日帰りリトリートレポと皆さんのご感想】


9/9富士山リベンジ&森で過ごした日帰りリトリートvol.3レポはこちら

【2021年の日帰りリトリートレポ】

2022/06/22

「何なんw」ってツッコまれてるかもね〜。w


友達から、藤井風の「何なんw」が
ハイヤーセルフ(高次の自己)の曲だと聞いて
改めて歌詞を聞いてみたら、面白過ぎて
シェアせずにはいられないほどウケました!🤣


いつも気づかせようとして必死でサインもメッセージも
送っているというのに、、、
全然聞いてくれないやんけ〜!!
いつまで聞かないフリ続けるつもりや〜!!
っていう、、😂


あれほど後悔していたはずなのに、
さっさとすっかり忘れて、
まーた堂々と、まーたそこに、
ハマるんかーいっっ!!っていう、、😂





・・・それは何なん? ( ̄◇ ̄;)




って、そりゃあ、
言いたくもなるであろう、、、😂


ハイヤーセルフの見事な嘆きっぷり、
ハイヤーセルフなのに「神様たすけて」って
思わず言いたくなるほどのボヤきっぷりってば!🤣🤣


思わず「ホント、お疲れ様でーすっっ!!」って
声をかけたくなりますよ。😂


風くん本人も、名言してるんですね。↑
だから、ファンの方々には周知の事実なのでしょうけど。😂

いやぁ、さすが。素晴らしいわ✨
こういうことをこんなにポップに軽やかに、昇華できるなんて。


皆さんもぜひ、自分のハイヤーセルフ、
大いなる自分自身に言われてると思って
歌詞を聞いてみてくださいね🌟


そして、どんな時もずっと愛してくれているその存在を
(それも自分自身なんだけども… 😂)
見えないからってもう無視するのはやめて、
(まあ、無視するのもまた、自由なんだけども… 😂)
もっと内なる声を聞こうとしてみるべし❣️
(自我自我してると、雑音大過ぎて聞こえづらいんだけども… 😂)


でもって、またやらかしちゃったら、
自分で自分に「何なん?!w」ってツッコミつつ
(責めるんじゃ、なくてね。😆)
前に進んだら、いいんぢゃないでしょうか。


「まつり」の歌詞も、いやはや、すごいよねぇ…


夏至だからとか、誕生日だからとか、記念日だからとか、
それもまたそれでいいけども、そもそも
毎日愛しき何かの祭り♪だと思うのですよ。


良いも悪いもないから、どんな体験をしようが、
あれもこれもが大当たり♪
あれもこれもが有り難し♪ なんですよねぇ。

私たちは、なかなかそうは思えないけど。


…人間だもの。😂



「何なんw」とセットで聞くと、

「何も知ったこっちゃない 
 好きにしてください」

って、ハイヤーセルフのぼやきpart2にも聞こえて、
ウケます。😂


「生まれゆくもの 死にゆくもの
 全てが同時の出来事」だから、大丈夫。
なんですけどね。☺️


前にもシェアしたけど、「帰ろう」も、
大好きなのでまた。☺️


これを聞くと、また、「この人生の終わりを体験するための」
ヒプノをやりたいな…とも、思ったり、しますね。

そもそも、明日があることなんて約束されてるわけじゃないのに、
私たちは、つい、明日が当たり前にやってくるもの、って
思いがちですから…

自分の死に際を体験すると、「今」への向き合い方が
変わる方も、多いです。

最期くらい神様の心境でいたかったのに
「これじゃ、人間だ」って思うかもしれないけど。

「わたしが先に、忘れよう」って
思えるようになるかも。しれません。☺️



「旅路」もね。
やさしい気持ちになります✨



生きてれば、いろいろいろいろありますが、
この「私」は、
必ずいつかは終わってしまう。。

期間限定の、「私」。


そんな「私」に、
「何なんw」て、ツッコむ「私」。


全てを抱き、「何なんw」すら言わない、
永遠で、不動の「私」。
というか「私たち」。
というか「私」すら、ないのだけど。


「私」にも、3レイヤー✨
あるからねぇ。

(・・と、いきなり「日々と宇宙の講座」の受講生じゃないと
わからないようなことを書いてみる。😂)


「期間限定の私」にだって、
すべてを笑える日も
すべてを愛せる日も 
いつかは、来るのかもしれない。


でも、「期間限定の私」には
すべてを笑うことなんてできないし、
すべてを愛すことなんてできない…
むしろ、それが当たり前。なのだと思う。


だから、「期間限定の私」に
そんな日が来なくても、大丈夫。
「いつか」を超えた地点も、あるから✨🌈✨
「いつか」を超えた「私」も、いるから✨🌈✨


「期間限定の私」はさ、
安心して、思いっきり、体験したらいいのだ
と思うのよ。🌍



風の時代、だなぁ…✨




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2022/06/21

日々の枠から気づけること。2〜日々と宇宙の講座の宿題より


皆さんに、2回目の宿題を出しました。☺️

1回目に出した『ご自分の中の日々の分離』に気づいていただくための
宿題をベースに、そこから今度はマイ・ルール、
どんな枠を作り、日々、その枠内でどんなドラマが演じられているのか、
それに気づいていただくためのワーク。


この写真は、先日の秘湯巡りリトリートの時に寄った
カフェで撮ったものなんですけど、
このテーマにぴったり🌟だなぁ、と思いまして。


世界は広大無辺なんだけれども、
私たちはこの額縁のような枠でもって切り取った世界を
まるで真実かのように認識している…。

本当は、どんなふうに切り取っても自由なのに
同じ切り取り方ばかりを選んでしまいがち…。

でも切り取られた世界も、それはそれで美しい✨
ただ、それは全て、ではない。
世界を、なにもわざわざ狭い枠の中に、
閉じ込めなくてもよいのでは…?


これを見ながら、そんなことをね、思いました。☺️


また、受講生の皆さんの気づきを、
ここにもシェアさせていただきますね。
やっぱり毎回ね、それぞれに、素晴らしいので✨


受講生同士が読み合い、
そこからさらに気づいたり、より深められるように、
ということをメインの目的としてますので、
受講生以外の方には「?」な部分もあるかもしれません。

でも、読んでいただくと、きっと
たくさんの大切なヒントが見つかるのではないかな、
と思いますよ❣️



今回の課題は 「どういう枠のもとに展開されたドラマであったか
を振り返ってみて、その枠を『今後も選択する/手放す』と
宣言するところまででよく、それ以上はどうこうしなくていい」 
というものでしたが、私は敢えて「どうこうする」というか、
「宣言をした後」にフォーカスさせてください。 

というのも、私は今回の枠の話(まゆさんがおっしゃっていた、
学歴やSMAPの例)は10代、覚えている限りでは中学生の頃から
気付いていました。 例としてまゆさんが講座の中でおっしゃっていた、
「私は東大出身」と誰かが言った時に、「自慢話をされた」
「マウント取られた」と感じたり、逆に「うちの子はどこどこ大学出身」
と張り合ったりしてしまう場合は、自分自身に何らかの理由があって
学歴にコンプレックスなのか、或いは執着というか、
通常よりは強めの気持ちがそこにあるからそのように反応してしまう
(東大出身発言をした人を相手として強く意識してしまう)。
学歴に何の執着もなれば、東大出身発言も「へーそうなんだー」
くらいにしか思わないはずなのに。 

相手に対して強弱の程度はあれど反応してしまうのは、
自分の中に何かがあるので反応しているのだと、
これは昔からそう思っていました。私はその上で、
「あの人を目指そう!」といったように、
ポジティブに相手を意識している時はそのまま流れに乗っかって
飽きるまで相手を意識させていただき、
ネガティブな意味で相手を意識している場合は
「相手にしないようにする」という方法を取ってきたと思います。

ネガティブに相手を見ている時は、
はっきり言って「嫌い」なわけですから、
相手にする事で余計向こうも増長してくる事もあります
(自分が意識をしているからそう感じているだけという場合もありますし、
実際こちらが反応してくれるのでおもしろがってどんどんやるパターンも
あると思います)から、とにかく一切相手にしないようにしてきました。 

この「相手にしない」というのを
10代20代の頃は「手放す」と勘違いしていたような気がしますが、
30代の今は、これは全く「手放し」にはなっておらず、
勝手に無理矢理シャッターガラガラピシャン!閉店ガラガラ!
ってしただけやんと思います。

本当に手放すという事は、実際には「相手にしない」ではなく、
もっと自然に「相手が気にならなくなる」ものだと思うのですが、
これには閉店ガラガラ@秒と違って、
基本的には年単位でかなり時間がかかるものだと思います。 

まゆさんがこの講座・課題を通して、
「目の前の事を意識的に見る習慣をつける」
という事をおっしゃっていると思います。
そして「経験を奪わない」とも。
即ち「本人の体験としての気付きを奪わない」という事だと思いますが、
この自分の中の気付きを繰り返していくうちに、
自然と手放せてくるのだろうと思います。 

前回の講座で学歴の例が出たのですが、私はたぶん33歳くらいまで、
やはり旧帝国大学出身者や、アメリカの上位優秀校を出ている人は
すごいなと盲目的に思っていました。

自分が会社で採用をする側になって、
東大・京大出身の方はやはりすごいと思い
(筆記試験もやはりずば抜けて優秀な結果を出されますし)、
試験結果に裏打ちもされているし、
面接の受け答えも無駄がなくきちんと話されていると思い、
何人か採用した事があります。
アメリカの有名校を出ている方も採用試験に来られました。

ただ、実際に仕事をしてみると、
「試験が得意=仕事ができる」では全くもってないのだと、
つくづく思い知らされます。試験や勉強は得意だと感じるのですが、
誰かが作った方程式やパターンをベースに、規則性に従って
効率よく処理を進め、しかも一つの事を完璧にこなすのではなく、
7割程度のクオリティーで割り切って満遍なくこなす事は
総じて得意なようですが、新しく何かを創り出したり、
人の気持ちを読んで上手く立ち回る事などは苦手である事が多く、
一担当者として何かの業務に特化すると才能が発揮されますが、
交渉事やマネージャー業務には向いていないだろうなと、
今まで採用と人事で関わってきて実感として思うようになりました。

それから「旧帝国大学出身者がすごい」という盲目的な考えは消え、
いろいろな人を才能・特性・性格と適性のある業務内容とで
(仕事中はですが)見るようになりました。 
でも、この自然な枠の消失は、私の場合はですが、
採用をやらせてもらえなかったら絶対に33歳では気付けなかった事
だと思います。 

こうしていろいろな経験と気付きを繰り返して、枠が消えていったり、
敢えてその枠を持ってみたりするのだろうと、
それが人生のおもしろさでもあると思いました。



自分の中にある枠について考えた時に、
本当に沢山の細かい枠があることがわかりました。
その枠によって悩んだことがあるのに、
いざ選択しようとすると結構迷うものですね。
すんなり決められるものと決められないものがありました。 

今までは自分の中の枠を当然他人にも当てはめていたけど、
その枠を選択することができるってことを知って、
私はこの枠を持つけど、他人は持ってないんだよな、と言うのが
何かすんなり受け入れられた気がします。

すぐに全部が上手くいくわけでないのですが、今後は、
分離と枠について考え、それを今後どうするか決める、
また一度決めたことでも再度選択し直すことができる、と思うと
気が楽になってきました。
何度もトライアンドエラーと言うか、実験していって
更に納得できることが増えるのかもしれませんね。 

講座の中で、子どもの頃の経験から自分を守るために、
ルールやジャッジを作ることが多い、とありましたが、
今回枠について考えて本当にその通りだなと思いました。 

子どもの頃の経験や置かれていた環境を思い出すと、
自分の中の枠やルール、ジャッジに納得できます。
それに少し悲しく寂しい気持ちにもなりますが、それを知れたこと
また自分で選択できることがわかって本当によかったです。 

宿題とは関係なくなってしまうのですが、
6/3のブログを読んでいたら涙が出てきました。
ここに共感したとか、どう思ったとか、
そう言った感想をうまく伝えることはできないのですが、
悲しかったのか?それもよくわからないけど、ただ涙が出てきました。
子どもを寝かしつけた後で夫も不在の時だったので、
気にせず泣ける時でよかったです。
ゴールデンカムイ、興味あったのですが、
読んだことないので読んでみようかな、と思いました。 

あと、こちらも関係ないのですが、最近
宇多田ヒカルのインタビューを読みました。(☞こちら
今やっている講座の内容に通じるような発言も多いように思えて、
また同世代なのもありとても面白かったです。
これを読んでる時も途中で涙が出そうになりましたが、
会社での休憩中だったので、我慢しました😅 

講座がスタートしたので、
自分の中で色んな感情が出てきているのかな、と思っています。 
最初は、講座を申し込んだ目的ははっきりしていませんでしたが、
今の段階では、自分を大事にするために
インナーチャイルドと改めて向き合うために、
申し込んだのかな、と思っています。
今年は、自分を大事に大切にしよう、と思ってスタートしたので、
その方法を知るために申し込んだのかな、と思いました。



今回の宿題をやってみて、ひとつひとつの枠について考えていると
とっても重たく感じました。 そう思ってるつもりはなくても、
無意識に持ち続けてしまっているもので、
散々手放したつもりになっているのにまだ出てくるのかと思いました。 
15個あると永遠に終わらなさそうで😂その枠に縛られているのは
もう十分だし、いらない!勘弁して!と思いました。 

全体的に枠を眺めてみると枠によって自分を縛り、
他人に対しても縛って許容範囲を狭めていたのだなと思いました。
枠によって自分を守っているつもりが
ガチガチの防御になってしまっていて堅い殻に覆われて、
反対のことは受け入れられず跳ね返してしまっていることが多いな
と感じました。 
それを続けたいか?と問うと悩む間もなくNoで 
すぐにでも手放したいものでした。 

そういうのは日々の生活で刷り込まれているもので、
きっかけは些細な出来事かもしれないけれど、いつの間にか
自分のルールとなって強化されていったものなのかなと思います。 

今2歳と4歳の子を育てているのですが、 
こどもは本当に素直でやわらかく、本能のままで素晴らしい存在です。
本来だとそのままのびのび自由にさせてあげたいし、
自分が小さい頃もそう望んでいましたが、
徐々に社会生活でのルールを覚えていくために
枠に当てはめ縛るようになってしまうことが
多々出てくるようになりました。 

日々の自分の態度や接し方などの行為が根本に影響与えているんだろうな
と思うと少しゾッとします💦が、自分のしていることに気づいて
意識できていることが大事だなと思いました。 
気づいていれば、選択できるのだから。なので、まずは分離して
その状態に執着していることに気づく練習から始めようと思います😆 

次回もよろしくお願いします✨



私がとても引っかっていた事についてですが、
長男が小学生時代の野球チームの監督のことです。 
チームメイトの父親でもあり監督もされている方でした。
自分の気に入った父達にコーチなどのスタッフをやらせていて、
毎週その人達で飲んでいました。 
私の夫は、ストレートに物を言う時があるせいなのか、
その飲み会には呼ばれなくなりました。 

その会の中で、チームの子ども達の悪口を言っていると聞きました。
夫がいない時はうちの子も話題に上っていたそうです。 
本当に悪い事をしてるならまだしも、
子供を馬鹿にした様な発言が多かった様です。 それを知ってしまい、
その人の事を心底軽蔑して、最低な人間だと思っていました。 

一生懸命野球をしている子ども達の事を、表ではいい顔をして、
裏で馬鹿にしてる。しかも自分の子供の事は棚に上げていました。 
思い出すたびに怒りが湧いてきましたが、
息子はそんな事実は知らずに友達と楽しく野球をしていたので、
私は我慢していました。 

それから何年も経ちますが、思い出すとまだ怒りが湧いてきます。 
数日前のまゆさんとのやりとりの後、
その時の自分に寄り添ってみたら引っ掛かりが少しなくなりました。
いろいろな子供達が言われていることに対する怒りの感情が多い
と思っていたけれど、あの時の私は、
自分の子供のことを言われた事で、
自分が傷ついていたのかもしれません。 
結局は内側の事なのですね。 

以前は思い出すと怒りの感情が蘇ってきたのですが、
あの人もストレスがあったのかな?などいろいろな考えが湧いてきて、
完全に許せてはいないのですが怒りが少し薄らぎました。 

でも、同じ土俵にはのりたくないと思っている気持ちの中に、
嫌悪の様な気持ちもまだあります。 
これについては悪口を言うべきではない、とか、
思いやりを持つべきなどの枠を考えましたが、
まだ完全にスッキリするところまではいけていません。 

その他の枠については、相手に気を使うべきというような枠が
いくつかありました。 という事は、
相手に気を使う、遠慮する→自分が我慢する→自分が被害者になる
という枠だったのかなぁと思いました。 
確かに、かわいそうな自分という事多かった気がします。
そういう自分が好きだったのかもしれません。 
相手を大事にして、自分を大事にしていなかったのかも。 

そしてそれらの中で持ち続けたいと思うものは
ほとんどありませんでした。 
その上で相手の行動をジャッジしないでいられたら最高だと思いますが、
そこはまだ難しい時もあるかもと思いました。 

あとは、自分の中のルールに沿った枠の中でそのルールを破る人物や、
自分の気持ちを素直に上手く表に出すことができない私に対して
反対の人物が現れていたのかも、と思いました。 
その枠たちを手放したいと呟いてみると、
素直にそうしたいと思えるものと、
少しの抵抗の様な感覚の物もありました。 

今回の宿題ですが、すぐに手をつけてはいましたが、
なぜかやる気が起きず、なかなか進まずでした。
体調的に疲れていたなどの要因もあるのかもしれませんが、
なぜだか最後まで意欲的に書こうと思えなくて
また結構ギリギリになってしまいました^^;



前回の宿題から、その時なぜ分離を感じたのか 
断片的すぎて忘れているものもあったので 
また書き出すときは具体的に書き出そうと思いました。 

自分の枠については 
似通ったものも多く 
自分のこと、本当に自分に認めてほしいんだね、ってなりました。 
枠の内容によって重さや軽さを感じたのは、
その時の心が必要としている度合いかなーとか。 

もっと褒めてほしかったんだなと。 
他者に、ではなく自分に。 
家族からの褒めてほしいというアピールに敏感だったのは
そのせいかなともおもいました。 

誰よりも楽な道を選んでいる自覚があるし 
自分に対しては相当甘い方だとおもうのですが 
気づかないところでジャッジが入って 
本当に誰にも気づかれないようなところで 
ダメレッテルを貼り続けていたんだなぁと。 
そのように仕向けていたのも自分でした。 

で、枠の中で無理に生みだしたものって 
その場しのぎのようなもので余計にドラマがややこしくなりますね、、 

宿題を進めていくうちに 
これ、全部手放したい、だよねと思い 
「これからも選択します」という宣言をするときって
どういうときなんだろう? 
まだ手放したくない、とか 
もっと気付きたい、とか 
こだわっていたいとかそういうことなんだろうけど 
またしんどいドラマ味わいたくないしな〜とか頭で考えていたのです。 

でも、ありました。 
手放します、と素直に宣言できない枠。 

自分の良さに気づくための枠、は 
まだ持っていたいなと。 
そこに至るまでがしんどかったので 
しんどい経験手放したい!と思ったのですが 
自分の良さに気づけるための枠、今はまだ必要なんじゃ?と
宣言をためらったのです。 
自分の良さに気づく機会がなくなってしまうのでは?と。 

しんどい経験以外にも色んな角度から、そのチャンスは訪れると思います 
たとえば、ハッピーな方法で。 
「こういうところが長所だよね」とか 人に言われればすごく嬉しいし、
それが一番良いなと思います。 

でもしんどい経験から気づけた自分の良さって 
納得の深みが違うんだなと、今回おもいました。 

枠の焦点を変えれば“手放す”も選択できるとか 
色々考えたのですが 
当てはまる枠がいまは浮かばないし 
そもそもむりして手放すのも違うなとおもうので
いまはまだそのままにしておきます。 

宿題を始めるまえに、ふと湧いてきた感覚があります。 
今住んでいる自宅から最寄駅まで、片道20分程かかるのですが 
この往復が好きではなく 
あまり良い思い出もありませんでした。 
ある日ふと、いつも通っている景色を思い出して 
「すべて美しかったな」と思ったのです。 
全部が楽しかったな、と。 

いつも不便だな、とか 
好きじゃないと思っていた道のりが 
暗い気持ちで上乗せされて気づけなかった。 
本当は何もかも楽しくて、嬉しくて 幸せなことなんだと。 

この感覚、たまに思い出すのですが 
今回ひさしぶりに思い出した気がします。 
どのように説明したら良いのかがわからないですが 
含む、ということにも通ずるのかなと。 
イメージとしては 
無、から 在る、になったときの喜びというか。 
なんとなく書いておきたくなったので書いておきます。



今回の宿題である枠の捉え方がよく分からず、
前回の宿題で勘違いしていたルールをもう一度書き出してみました。 

主な活動の場が、悲しいかな…職場となっているためか、
仕事やもっと大きく捉えて社会に対するルールがほとんどで。 
社会人の常識とされることの、私バージョンといえるものでした。 

それらのルールを見ていると、 
この職場じゃなくなると成立しないルール、 
この職業じゃないと成立しないルール、 
この国じゃないと成立しないルールもあるよな、と感じてきました。 

この○○という枠が変わるとルールが成り立たなくなる可能性に気付いて、
なんか脳が混乱しています。 

自分が築いてきたルールや選んできた枠が曖昧になってくるというか、
確信を持っていたのに絶対じゃなかったんだ、みたいな。 

 一方でルールを持っていたり、
その枠に入るとお約束の展開になる感じがして、
だからこその安心感があったり、渦中にいてのみ込まれると
ドラマチックになるのかなと感じました。 

枠とは自分の持っているルールを体験できる、
フィールドのようなものなのでしょうか。 

会社は選べるけど、親は選べない。 
親も選んで産まれてくるという考えもありますが、
全ては予め決まっているというふうに捉えられるし
(まゆさんの椎名林檎のライブに行きたいと思わされた体験しかり)、
いろんな見方があって面白いですね。 

枠って、共通認識のようなものでもあるでしょうか
(○○大学はすごい、とか)。うまく言えないけど、このあたりが
自分のルールと混同して、よく分かりません。 

枠を手放そうとすると、私は間違ってないという思いが出てきました。
悔しいとか、なんで私がとか… 
同じ枠内でドラマを繰り広げている相手に対して、
そっちが変わるなら私も変わってもいいくらいの上から目線(笑)。 

上までの文章から少し時間をあけて以下を書いていますが、
その時よりも客観的になっているみたいで、
枠を手放さないといけない、そして枠を(たくさん)持っている自分は
駄目だと思っている自分がいるなぁと感じました。 

手放すって含んでいくことだと思いますが、言葉のイメージからか、
自分から排除するような感覚で捉えている自分もいて、
宿題だから枠を手放ししてみなきゃとやる自分は
明らかに排除の感覚でした。 

枠をこれからも持つか、持たないか選択するだけ、
そこにいい悪いもないのに、勝手に手放す方がいいとジャッジして、
自分がどう感じるかを確認する前に、
頭で手放すを選択していることに気付きました。 
枠がよく分からないからこそ頭でなんとかしようとしていました。 

だから枠を持たない(手放す)という選択に、悔しいとか
嫌な感情が出てくるうちは持っておこうと思いました。 
この時点で選択肢はないように感じます。 
もう一方を選んでも無理やりすぎて。 

ただ、可能性として、今は選べないとしてももう一方がある、
ということは知っておこうと思いました。 
そして枠に気付いた上で、思い切りやりきる方に振り切ると、
案外こんなもんかと外れやすいのかもしれないと思います。 

また次回、よろしくお願いします。





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