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2014/06/06

正しいとは何なのか


久しぶりに飯田橋ギンレイで二本立ての映画を見て来ました。
20代の頃は、忙しくてもなにせ体力があったので、休みの度にここの他にも池袋、高田馬場、三茶なんかにある名画座に足を運んで、二本立てかオールナイトで四本、映画を見ていたもんです。最近はすっかり名画座も減ってしまって残念。やっぱり私、名画座大好き。

今回の「偽りなき者」「ハンナ・アーレント」は、前職からのご縁で仲良くさせていただいている映像作家の丹下紘希監督がFacebookで絶賛していて、急に見たくなりました。「普通の人が陥る『罠』としての集団心理」「正義の側にいるもの達が犯す罪」「悪の凡庸さ」といったキーワードにも、かなり魅かれるものがあり。私自身、セラピーを行う上でも、よく考えることだったからです。

昔、「ローズマリーの赤ちゃん」を見た時に、ホラーなんかよりも人の心理戦の方がよっぽど恐ろしいわ、とゾっとしたんですが、同時に、私たちは常に家族なり友達なり、周りに信頼できる人、自分を信頼してくれている人がいてくれるから正常な精神状態を保てるのであって、周りにそういう人が一人もいなくなったとしたら、いとも簡単にこの状態は崩壊してしまうんだな、と気づかされました。あなたはもし周りの人たち全員に「あなたは間違っている」と言われても、自分を信じていられますか? 全員に「あなたはおかしい」と言われたら、最初は「そんなことはない」と思えたとしても、徐々に「おかしいんだろうか?」「おかしいのかもしれない…」と思ってしまうものだと思うんですよね。集団心理の恐さです。



「偽りなき者」は、子供の嘘がもとで変質者の烙印を押され、仕事も親友も失い、世間から迫害を受ける恐ろしさと、無実の人間の誇りをかけた孤独な戦いを描いています。ありふれた日常。どこにでもある普通のコミュニティ。そこが舞台だからこそ、私たちのまわりでいつ起こってもおかしくないリアルな出来事。主人公が可哀想すぎて涙が止まりませんでした。

でもそれも、私は映画を見る立場にいて、主人公が無実だと知っているから。
無実かどうか分からない、日々のニュースで取り上げられるような容疑者に対してはどうだろう? マスコミの言うこと、コメンテーターの言うことを、ただ鵜呑みにはしていないだろうか? ということは、もし同じことが自分のそばで起こったら、私はこの主人公の立場になった人に対して、どういう対応をするだろう? 真実を見抜くことができるだろうか? 

…そうやって考えていくと、問題は単純ではないんですよね。善悪では語れない。発端となった子供の嘘もちょっとした少女心からで、あくまで子供のしたことで責める対象にはできないし、その子供の嘘を見抜けなかった大人が悪いのか、というと、彼らは子供を守ろうと必死(というかヒステリック)になっているだけで。「悪いことをしている」なんて微塵も思っていないんですね。何が恐いって、「私たちは善だ。正義だ。」と思い込んでいる人間は、無自覚に悪を仕立て上げ、罪を犯しうる、ってところ。極端な例をあげると戦争がそうですよね。自分こそが正しいと信じる人間が集団になると、自分でちゃんと考えずにただ迎合する人間もどんどんでてきて、この映画のような状況は容赦なく作られてしまう。もう、マインドコントロールされているのに気づいていないって状態。集団心理の落とし穴。恐いです。そして一度その罠にかかるとなかなか抜け出せない、その恐ろしさもこの映画は描いています。

これは、全く他人事ではありません。
私たちのまわりにもその要素はたっくさんある。
だから、知っておく必要があると思いました。
常識なんかもそうですよね。常識っていうだけで、私たちは自分で考えることなく受け入れてしまっている、「常識だから正しい」って思い込んでしまっている傾向、ありますもんね。だから当たり前になっていることでも、「本当にそうかな?」と疑ってみて、自分で考えて納得して選択していくことが大切だと思います。


ハンナ・アーレントは、ナチスの強制収容所から脱出した実在のユダヤ人哲学者で、ハイデガーらに師事し、地位も名誉もあったのにもかかわらず、ナチス戦犯アイヒマンの裁判レポートがきっかけで一転、世界中から激しいバッシングを受けることになった女性。私は今まで知らなかったんですが、彼女の生き様にはいろいろ考えさせられました。「偽りなき者」ほど感情移入することはなかったけれど、ギンレイがなぜこの2本をセットにしたのか、なるほど…と思います。

映画の最後で彼女が語る、感動的な8分間のスピーチ。

「アイヒマンは検察に反論しました。『自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ』と。世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪推も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです」

「アイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となった。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。〝思考の嵐〟がもたらすのは、善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬように」

ナチスのことだけを頭に浮かべると、今の私たちからは距離があるように感じるかもしれませんが、「偽りなき者」を見た後だと、ハンナの言っていることがとてもよく理解できます。私たちのまわりに、普通に転がっている問題だってことに、すぐに気づけるから。会社組織の中では、疑問を持っても仕方がないから上に従う、なんてことはよくあることだと思いますしね。「長い物には巻かれろ」って諺だってあるくらいだし。そういう人がアイヒマンの主張をどう思うか。私は違うと彼を責められるのか?同じではないのか? 




私はよく皆さんに「考えること自体はいいことだけど、考え過ぎるのはよくない。考えて答えが出るうちはいいけど、堂々巡りになってきたら考えることは一旦止めて、ハートの声、自分の内側の声に耳を傾けるようにして下さいね」と言っています。

だから「考えてこそ人間」「考えることで人間は強くなる」というと、普段言ってることと逆のように聞こえるかもしれませんが、私の解釈では、そうではありません。
自分がどう考えるか、の中には、自分がどう感じるか、も含まれています。人間が顕在意識だけで考えることには限界がありますから、答えを導き出すにはインスピレーションが必要になってきます。インスピレーションを得る時、人は、意識的であれ無意識的であれ、ちゃんと自分の内側と繋がっています。それも全部ひっくるめて、哲学者は「思考」と呼ぶのだと思います。いずれにしてもここで大切なのは、自分はどう思うのか。

世間からこれだけの非難をあびても、大切な友人さえ次々に失っても、それでも、悩みつつも、自分の信念は決して曲げない、自分が正しいと信じる主張を譲らない、誤解を恐れずに意見を言う、ハンナのタフさはハンパないです。あの時代に、ユダヤ人でありながらナチスを擁護している、ユダヤ人を侮辱している、と取られかねない発言をする勇気は、並大抵ではなかったと思います。彼女ほどは強くなれないとしても、私たちはもっと、自分を信じていいし、貫いていいんじゃないか。彼女の生き様はとても真似できないけど、勇気をもらえました。


考えさせられる映画を二本見て、まっすぐ家に帰る気分でもなかったので、これまた久しぶりに紀の善に寄って抹茶ババロア。やっぱり濃厚でおいしい。
ババロア食べて脳に糖分を補給しつつ、窓の外を行き交う傘を見つつ、ぼーっと一人、自分の感じたことを整理してみたりして。

それにしても「正しい」って、なんなんでしょうね?
「正しい」って思い込みほどやっかいなものもない。。
「私は正しい=あなたは間違っている」という二元論の論理だと、どうしても相手を責めることになってしまうし、そこには対立しか生まれません。これを統合に向かわせるには、相手への敬意と尊重と理解しかないと思うのだけれど。。どうしたらいいのか考えていたら、マンデラ大統領とジョン・レノンの「イマジン」が浮かんだのでした。

ハンナは「ユダヤ人への愛はないのか」と非難された際、「自分が愛するのは友人だけであって、何らかの集団を愛したことはない」と応えるんですね。人間が作ったあれやこれやの境界線を溶かしていくもの、それはやっぱり愛で、私たち一人一人がまわりの人たちに愛をもって接していくこと、愛から選択することを心がけること、が大切なんでしょうね。

この2本、明るい映画じゃないですけど、
よかったら見てみて下さい。


以前書いたブログより
☆「常識、について考える」はこちら
☆「マインドコントロール、というもの」はこちら
☆「マンデラさんの言葉」はこちら