こないだEテレでやってた「五味太郎はいかが?」を見てみたら
「五味さん、いいこと言うな〜」ってセリフがいっぱいあったので
自分の忘備録兼ねて、ブログにシェアしておきますね。☺️
「子供の頃さ、蔵王かなんか行って、
夜おしっこなんかしにテントから出て
すーっごいの はじめなんだろうと思ったくらいの星空だったわけ
すっげーなーと思って おしっこ終わってしばらく考えたら
ああ 宇宙ってすんごいいい加減だと思って
天の川なんてかっこいいこと言うけど
ちょっと詰まりすぎよね 密だよね
そういうの ぼーっと見ながら
すごく気楽な感じになった覚えあるよ
わー いい加減なんだ みたいな
あん時に星が方眼紙みたいに綺麗にこう 並んでたら
ちょっと違うなと思ったと思うの
俺もしっかりやらねば と思ったと思うんだけど
なんかさぁ ほんとにぐちゃぐちゃなんだよ なんか
成し遂げるとか 価値ある人生みたいな感じを
みんな 思いすぎてんじゃないの?
その責任感とか理由みたいなものの割と無意味な設定を
あまりしちゃったもんだから
なんだか暗くなっちゃたねっていうのが
人の歴史みたいな気がする
そんなんないような気がすんだよね
人生って冗談だと思うよ、私
冗談を言いに生まれてきたんだと思う うん」
ほんと、宇宙って、すんごいいい加減。
完全であり、ぐちゃぐちゃ。
だから、深刻にならないで、
もっと気楽でいいんだよねぇ。
もっと冗談だと思って、
遊んだらいいんだよねぇ。☺️
テーマを持って俺仕事してないのね
根本的な話かもしれない
俺はあるテーマを持ってそれを絵本化するっていう作業をしてないのね
しないのね やなのね
逆にいえば ある作業をした時に
このテーマなんなんだろう?って
探るのが好きなのね
ちょうど逆かな
だからもし俺がドキュメンタリー作っても
これ何のドキュメンタリーなんだろう っていうのを作りたいよね
そして最後まで出てこなかったらボツにするよね(笑)
実際やっててそういう予定調和じゃないやつの方が全然面白いよ
っていうのを
体験してるから
逆にまさに予定調和で作ってくやつの苦しさ
みたいなものを感じちゃうんだろうな
それが悪いって話じゃないけども
やっぱり面白くねえよなって
結論で 先にあるやつって なんか面白くないよねって
今日5:0で負けるんですってわかってる野球って、あんま面白くないよね
勝つにしても負けるにしても ねぇ」
私も、メッセージ、発したくないなぁって思ったりするので😂
五味さん、かっこいい❣️ 羨ましい❣️って、思います。
アートには、それができるんだよなぁ…
こういう仕事だとね、それは、なかなか、、無理だから。😂
メッセージもね、概念なので、、
概念を植え付けたくないなぁ… って思うのですよ。
だから、私が書いてることも、鵜呑みにしないで、
ご自身で、実験して、体験して、検証してくださいね。☺️
私も、予定調和じゃない方が、好き。
五味さんは、絵本を作ることを通して、体験したのでしょうけど、
私は、バックパックでの一人旅体験が、何せ一番ね、
影響してます。😂
それがね、
主催するリトリートにも生かされてるんですけど。
☆「起きてきたことを楽しむ。起こることを許す。
を、旅は教えてくれるのです」はこちら。
3年以上前のブログ↑にも
「予定調和なんて、つまらんっっ!!」って
思いっきり、書いてますしね。😂
だから私、旅だけじゃなくて、人生も、仕事も、
計画って、ほとんどしないの。
流れに任せて、柔軟に。
それが、このコロナ禍、
ますます強みとなっております。。😂
「これはもう絵本の原則論なんだけど
良い子のために良い絵本っていう気全くないからね、俺」
「俺 ガキの頃から違和感との戦いだった気がする
小学校なんか違和感の巣窟だよな
なんでみんな机に座って なんでみんな並んでるんだろうかとか
で なんであの人がこっちに向かってこれ覚えろとか言ってんのかなとか
何してるんだろうなっていうのはすごく思ってた
その違和感ていうのが ちょっと今マイナーな言葉で使ってるけども
俺はそうじゃなく 割とこう
違和感こそ個人だって感じもあってね
自分があって 周りに対する違和感っていうのが
それの調整なり 理解なり あるいは距離感なりが
その人の生き方なんじゃないかな そういうのにまたすごく・・
心のスタミナ なんだよな
この違和感はなんだろうと楽しんでるような
ずっと
それが楽しいんだよね しんどいこともあるけど
あるとこまで行ったら逃げちゃえばいいんだよなっていうのがあるから
教室の中で こんな天気のいい時に何してるんだろ
っていう違和感があるわけじゃない
そうすると逃げちゃえばいいんだよな
教室から逃げればいいわけじゃない
絵本ていう手段の中で 検討できるよね
その違和感についてストーリーメイクして
そのうちにさ この違和感はこういうことなんだ、って
気付いたりすることがいっぱいあるしね
今の初等教育をまともに受けてると
ダメになっちゃうんじゃないかなぁ人間
今75歳でやってるけど 今も100%思います
多くのやつはその初等教育の中で判断基準を失ってるよね
自分の正義なんだよね、大事なのは
学校化社会ってものをやっぱり綿々と作ってきた悪意を感じるけどね
極端に言っちゃったら
ものを考えない人を作りたいっていう一派がいたんだろうね
それは何かっていうと多分 臨戦態勢だろうね
言ったら動けって
それがやっぱりしっぽが出てるんであって
子供の教育の基本的な 先生の言うこと聞けってことじゃない
前向いて静かにしてろってことじゃない
これはどういう人格作るんだって言ったら
それ 臨戦態勢だよね
突っ込めって言ったら 突っ込む子だよね
ちょっと待ってください 今これは何がおこってるんですか?
ってことを
考えちゃいけない子を作りたいわけだよね
話せばわかるなんていう生意気なやつを作らないように
いろんな考えがあるんじゃないですか みたいな
生意気な意見を言おうよって思うわけですよ 今あえて
いろんな考えがあるんだもん」
違和感を楽しむって、いいですよね。☺️
排除するんじゃ、なくてね。
闘うのでも、なくてね。
違和感を尊重し合う感じが、押し付けがましくなく、
遊び心いっぱいに、五味さんの絵本には流れてて、
子供たちはもちろん、大人たちにも伝わるといいなって
感じるところです。
「一回コロナってパワーで止まったんならば
次の動きはもうちょっと
進歩的な動きって考えないのかなぁ
って思うことってあって
でも耳すませても聞こえてこないよね」
「コロナも帰らないよね これじゃね
コロナの前の時代に早く戻りたいっていう感じ
ホントかよって思う」
「個に戻っていくということ
やっぱり動き出すのは個だよねって」
コロナ、帰りませんよね、これじゃね。😂
今まで感じてきた、でも無視したり、見過ごしてきた違和感に、
一人一人が向き合う時。
みんながこうだから、とか、ではなく。
自分は、ホントは、どう在りたいのか。
大河の一滴。
一人のパワー、大きいです。☺️
「俺もこの歪んでる世界の中でなんとか歪まないように
で 逃げるって言葉は やっぱり自然に出てくるよね
この歪んだ世界から1抜けたい
でも行っても行っても歪んでるんだけど でも
これだったらまだ耐えられる くらいに っていうところの中で
精一杯っていうとちょっと言い過ぎだけど
なんとなく俺も頑張ってるから
で 出てきたものはこんな感じなんだよって
ちょっと元気ついた?っていう感じくらいは持ってるね
自分の中でね
それくらいしかできないなぁって それ以上できない」
「やっぱり人ってわかんないことの方が多いんじゃないかなと
そのが希望に満ちてるじゃない
わかろうとするんだけど それは 生命の目的じゃないなって気がする」
なんかね、いいですよね、このスタンス。☺️
わかろうとはする。でもわからないことはいっぱいある。
それも希望に満ちてていいじゃない。
そもそも、わかるってことが、生命の目的ではないんじゃないの?
っていうね。☺️
私も、そう思います。
わかりたがるのって、どこまでも、自我の領域だしね。😂
そうすると、目の前を、取り逃がす…
目の前を、取り逃がし続けて、
真に、生命を生きた、と言えるのか…?
小さな子供たちの方が、よほど「生きて」ますよね。
師匠ですね。😂
遊び心を忘れた大人たちは、
師匠たちに、遊んでいただかないと、いけませんね。😂