【お知らせ】
日々と宇宙の講座 ベーシック、10/17(日)よりスタートしてます。詳しくはこちら
接種前でも後でも、受けておいたらいいゼニスオメガヒーリングのセット、年内はメニューに追加します。11月の予定について詳しくはこちら
瞑想のためのキャンドル作りと体験ヒプノvol.9@葉山は、2021年秋以降の開催予定です。日程リクエスト受付中。詳しくはこちら

【リトリート】
12/1(水)〜4(土)沖縄リトリート3泊4日、告知してませんがおかげさまで満員御礼となりました。
2022年1/16(日)〜19(水)大分・阿蘇秘湯巡りリトリート3泊4日は満員御礼となりました。告知はしていないので、キャンセル待ちご希望の方、別日程でのリクエストなど、お気軽にお問い合わせ下さい。

【ゼニスオメガヒーリング・プラクティショナー養成講座】
2021年10月より、受講料が全世界で一斉に値上げされました。
この状況ですので、ZOOMでのオンライン授業が可能になりました。詳しくはこちら当面はオンラインのみで開催させていただきます。テキストを事前に送る都合上、開催1週間前には受付終了とさせていただきます。
受講料に関しまして、長年『税込』でやってまいりましたが、2022年より『税別』とさせていただきますので、実質10%高くなります。特にレベル5は差額が大きくなりますので、2021年中の受講をお勧めします。

12/15(水)10:00-17:30レベル5授業、お申し込み受付中
12/19(日)10:00-18:00レベル3授業、お申し込み受付中
12/23(木)27(月)10:00-17:00レベル1授業、新規受講者3名集まったら開催決定します。2日間必要。
レベル1〜5まで、ご希望に合わせて随時開催中です。他校からの生徒さんもどうぞ。お気軽にお問い合わせ下さい。
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2019/01/07

ご縁の杜で体験ヒプノ会vol.4参加者のご感想〜きっと、日常に愛は溢れてて、気づいてないだけなんだ。〜すべて“わたし”、なんですね


1/4,5で開催しました
新春☆体験ヒプノ会vol.4〜ご縁の杜(湯河原)で合宿篇
レポに先駆けて、お二人の素晴らしい感想というか気づきを!
シェアさせていただきますね。😊
(ありがとうございます♡)


いつも年末年始はどどーんと行動してることが多かったけど、
なぜかちんまり過ごしたい、でも旅行はしたい
と悶々としてるときにご縁の杜を思い出したのでした。

外に向かうより、自分の内側に入りたい。しかも静かな場所で。
そんな動機にぴったりの合宿?でした。 

ヒプノや美味しいお料理や、久々の海と日の出、皆とのおしゃべり、、
色々ひっくるめて、、結論、「日常と愛は同じ」。 

以前ヒプノの時に感じた
「わたしは光、わたしは愛」という感覚をまた感じたくて、
かつあの感覚を日常でも感じていたくて今回お題にしたけど、

ヒプノではずーっと天使で、地上にいってもなにも変わらず、、
命がどこにあっても「わたしはわたし」でなんの感情も動かず、、。
二回目は爆睡。
おかしいなあ、いつもこんなだったっけ?と思いながら、
ま、いっかと過ごしました。 

美味しいご飯を味わい、美しい日の出をみて、
太陽の暖かさを感じて、海の匂いや音を感じて、
五所神社の楠を通る優しい風を 感じて、気づきました。 

最近、ご飯を味わってなかった!空腹を感じてない!
海の音を聞いてない!風の柔らかさも感じてない!太陽の暖かさも!
そうだ~と気づきました。わたし、頭でっかちになってたかも。 

さらに、、
今日は一人で、ご縁の杜で買った本を見ながら
素材をいかす料理を作って、気づいた。
人参ってこんなに甘かったっけ?! いつも調味料使いすぎだったんだ、、
こんなに、人参は優しい甘さがあるのに、、
人参はいつだって甘かったのに、
わたしは気づかずにそれを殺してたんだ、、涙
ごめんよ、人参。ありがとう、人参。 

きっと、日常に愛は溢れてて、気づいてないだけなんだ。
全ての人、ものに、愛は存在してて、感じとれてるかどうかなんだ。
余計なものを外した本質の中に、愛があるんだ。
愛を感じて、愛を表現するためには、本質であることが重要なんだ。
そっか~と再認識しました。
自分が本質であれば、日常にある無数の愛を感じられる。
そういうことか~!
わたしは、わたしの愛そのものをちゃんと感じてたかな?
余計な味を自分自身にくっつけてなかったかな?
ほんとうの自分の甘さ、感じたい! 

そして、なんだか、自分が大切にしたいことが
またはっきりしてきたぞ、、、。
なんだか今までの自分とは価値観が違うぞ、、。むむっ。 

いま、そんな感じになりました。
年始の今、新たに生まれた自分の価値観を軸に
大切にしたいことを深掘りしようと思います。 

またまた学びました!
今年も世界中の愛が感じられますように❗✨
ありがとうございました!


【後日の追伸】

まゆさん! またきづいたよ!! 
あのつづきだけどね、、、

わたしは自分で選んできた「自分」っていうスペックを
味わってきたかな?って。

いまある生は、「わたし」っていう主人公で、
舞台装置も、登場人物も、衣装もストーリーも選んできた。
それ、味わおうとしてきたかな?って。

自分が選んだストーリーの主人公なんだから!
他のストーリーの主人公にならなくていい、なる必要ない。
なっちゃったら、選んできたストーリーじゃなくなっちゃう。

だから、ドジでぬけてても、これでいいんだよね!
こういう設定なんだから!
「わたし」っていう主人公で、
きっちりこのストーリーを最後までめくらないと!!
って思ったら❗
完っぜんに、他なんてどうでもよくなって、
むしろわたしのストーリー、どんなストーリーなのか、
結末なのか、、登場人物の役割はなんなのか、、!
わくわくしてきたよ!!😆😆😆

自分でいなきゃ!だよね!
じゃなきゃ、終われないよね。
仕事や恋愛や皆がお悩み相談することはなんやらは
ぜーんぶ、台本の中のことで。

なんか、シンプルに自分でいようって決めたら、
急に自分が可愛く思えてきて、愛しくなってきた😆
絵本の主人公の女の子って感じで😊

そして、わたしのストーリーのコンセプトは
ヒプノでずっと教えてもらってたの!
それは「喪失感」。

心から大切にしてきたものを失う恐怖。
魂が引きちぎれる程の恐怖。
これの先にあるものを見るために、今がある気がするんだ。

だから、いつかきっと、失ってしまう恐怖を
なんどもなんども味わうかもしれない。
だけど、それでも愛して良かったって、
そう思えるように今を大切にしようって、何より何より思ったよ。

それがわたしの今生の目的だよ。
愛>恐怖になるのかな! 

どんなに大切でも、すべては無くなるんだ。失うんだ。
自分自身だって、いつか失われる。
だから、目の前にあるものを精一杯愛そうと思った。

また生まれ変わっちゃったよ‼️✨
わたしは、わたしでいることを決めたぞーーー‼️‼️



以前書いたブログ
大人計画「業音」を見て、
己を舞台上の役者と見るか?観客席から眺めるか?
について考えたアレコレ」も参考にどうぞ。


ご飯の美味しさは言わずもがな。 
皆に食べに行ってもらいたいです。 
お湯も日の出ツアーも、いつも満足。 
お宿の良さも十分満喫しつつ。 

少人数で、お喋りたくさんで、 
リラックスしてすごせました。 
ありがとうございました。 

否定のない、ざっくばらんなお喋りが 
こんなに楽しいんだなぁ、と思いました。 

話さなきゃ、という気負いもなく、 
互いに思いついたこと、 
好きなことを話しっぱなし。 
語りたい、伝えたい、教えたい、 
という力みが全くない。 
そういう居心地の良さ、好きです 

何というのか……昨今“マウント”感に 
うんざりしていたので、なおさら。 

 ∞ 

 個人的に人間的につらい出来事が続き、 
一時は心身とも、かなり沈みました。。 

しかし、ようやく「愛は実在存在である。 
わたしは愛であり、光である」 
と、自分のなかに段々にしみこんできて、 
確信になってきました。 
気もちを楽に持てるようにもなってきました。 

萬夕さん、 
迷走しがちなわたしに伴走してくれて、 
ありがとうございます。
 (まだまだ迷走しておりますので、 
今後ともよろしくお願いいたします) 

振り返れば、ですが、 
ヒプノのテーマでは愛を意図したけれど、 
テーマを決めた日からすでに、少しずつ、 
わたしは愛だと実感していた気がします。 

一緒にテーマを決めたマナエルとは 
共通項が多く、ツインぽいとも、 
以前に萬夕さんから言ってもらい、 
そうかも、と思いつつ、 
陰陽のように対照的とも思っていました。 

今回も、 
言葉をどんどん手放していくマナエルと、 
何とか言葉にとどめようとするわたし。 
対照的だな、と思いました。 

とはいえ、マナエルのヒプノの内容、 
「このままでいい」というメッセージ、 
自分へのものとしても受けとりました。 

愛は、視ようとしなくても見えているし、 
見えていないようで現実にも観ているし、 
そもそも実在存在だし、 
わたしは愛だし、と解釈しました。
 (いや、解釈不要かも) 

一方で自分の前世には……モヤモヤ(苦笑) 
みている最中も、みた後も、翌朝も、 
ついでに1枚目のカードも、モヤモヤ…… 
わからなさすぎて。 

潜在意識は、顕在意識の理解など、 
おかまいなしに上をゆくのですね。。 

萬夕さんから、 
「人は、何で理解したいって思うんだろうね」 
「思考するなってことじゃない?」 
「モヤモヤを抱えたままでいたらいい」 
とアドバイスをもらっても、 
モヤモヤぐるぐる…… 

でも、帰りの電車で反芻していたら、 
モヤモヤ、抜けました。 

わたしは書き出してみると、 
わからないまでも腑に落ちます。 
うまく言えないけれど…… 
成仏した、みたいな感覚です。 

わからないままでも、 
みたものをそのまま書けばいいじゃん、 
と思えたら、 
モヤモヤ感、もっと抜けました。 

そして、二つめにみた前世は、 
一つめにみた前世の続きだったと気づき、 
さらにモヤモヤが晴れました。
 (どの前世もひとつながりとはいえ) 

 ∞ 

一つめの前世は、 
キリスト者である宣教師でした。 

口減らしなのか、いけにえなのか、 
孤児や病持ちの幼子を崖から海へ落とす 
という、その地域の慣わしに心を痛め、
「この子らを落とすなら私も身を投げる」 
「この子らが落ちるなら私が受けとめる」 
と決意し、自ら身を投げ、 慣習に抵抗しました。 

その後、稲妻が光り、崖は砕かれ、 
神への畏れから、悪しき慣習は断たれました。 
しかしわたしは、死んだあとも、 
“真に神への愛に生きられたのだろうか” 
という自分への疑いを持っていました。 
モヤモヤしました。 

メッセージとヒーリングで現れたのは、 
わたしが身を投げた直後に投げられ、 
わたしが受けとめた小さな男女の子でした。 
一緒に死んじゃったのだけれど。。 

「あなたは人として人を愛した。 
人として愛してくれて、ありがとう」 
が、女の子からのメッセージでした。 

心のなかの、“悔いである杭”だという 
六方を指す十字架のような杭を抜くのが、 
男の子からのヒーリングでした。 

ギフトは、自分の分身が現れて、 
翼を授けてくれました。 
「落とさなければ翼を広げないんだから」 
と諭すように笑われました。 

二つめの前世は、 
浴衣姿の幼い女の子でした。 
母親が仕える屋敷の庭で遊んでいました。 
庭の中心に井戸があり、 
そのなかには龍が棲んでいました。 

龍は幼いわたしを背に乗せ、 
荒れ狂う海へ行き、父の死を見せました。 
それは父が龍を遣わせて為したことでした。 
でも、怖くて怖くて、それをきっかけに、 
幼いわたしは龍のことが大好きなのに、 
龍と仲良くなりきれませんでした。 
それが心残りでモヤモヤしました。 

メッセージは、前世の父からのものでした。 
「鏡を割れ。その奥を見よ。 
砕かれた破片に世界は無数に映りこむ」 
と言われました。 

ヒーリングは、龍がやってきて、 
わたしをぐるぐる巻きにしてから 
去っていきました。 
「器になれ」と聖杯を渡されました。 
ひとりでに聖杯が現れたようでもありました。 

ギフトは、その前世のわたし自身で、 
「水は尽きない」と言われました。 
聖杯の水は尽きることがない、 
という意味のようでした。 

この二つの前世、 
二つめの、海で死んだ父親というのは、 
どうやら一つめの宣教師だったようです。 
つまり…… 
自分が自分に自分の死を見せたようです。 
鏡を割れ、と言ったのも自分自身。
 (すべて“わたし”、なんですね) 

宣教師は明らかに西洋人で、 
幼い女の子は明らかに日本人でしたから、 
血のつながりはなかったのでしょう。 
女の子(自分)の母親が勤めていたのは、 
宣教師の設立した孤児院か 
療養所だったようです。 
宣教師を父として慕っていたし、 
家族として暮らしていたのかも? 

父と娘の両方が自分だったというのは、 
辻褄が合わないのですが…… 
自分でもよくわからないのですが…… 
そういうこともあるのかな、 
と思っています。 

体感としてモヤモヤが抜けて、 
腑に落ちたからです。 
理屈じゃない、です。

 ∞ 

問わず語りになりますが…… 
わたしは、ここ2年、 
「早く(根源へ)還りたい」 
という思いとは別に、 
死にたいような思いが常にあり、 
実際、人間として死にかけたと思います。 

でも、この世で生きているうちは、 
生きていくのが本来ですよね。 
がんばる意味ではなく、の、一生懸命。
 (いっしょういのちをかける) 

やっと、生きる方へ、 
ドライブがかかり始めたように感じます。 
いのちの大元へ還るには、 
生ききることだなって。 

いえ、まだちょっとわからなくて、 
また転落するのかなぁと、 
びくびくしているのですが、 
たぶんもう大丈夫だと思います。 
いえ、また忘れて最初から 
向き合うことになるのも、覚悟です。 

人間愛はめんどくさいからもういい、 
と思いつつ、 
愛さえ感じきらなきゃ還れない、 
と直観したのも、わたしだし。 
さらに人間愛を知ることになるのだろう、 
と、少し恐々としています。 
執着が懸念。。 
でも、執着するくらいの愛ってすごい、 
とも思っているのも、わたしだし。 

メルマガを読んでいたら、 
萬夕さんは「音」に原点回帰のようですね。 
わたしは「衣」への回帰を感じています。
 (「言葉」ではないのが自分でも意外……) 

純粋な、使命のような?思いへの回帰。 

わたしは装いに相当無頓着ですが…… 
それは、着たいものがなくて諦めた、 
というのが理由です。 

この服は着たくない、 
という違和感はあるものの、 
この服を着たい、 
という明確なビジョンはなくて、 
無頓着になっていったのでした。。 
髪型や化粧も然りです。 

最近、めずらしく、コートと靴を 
自分で選んで買いました。
 (靴は、この会の行きしの道中で購入し、 
古いものは、宿の方にわがままを言って 
処分していただきました。 
新しい靴で宿から出発したかったから) 

これは、とるに足らない、 
わたし一人の小さな革命です。 
でも、自分のなかの革命は、 
誰の評価も承認も要りませんよね。
 (とはいえ、某俳優の歌手活動のように、
 “痛い”と言われないようにはしたい。。) 

「衣」は、衣食住の初めのものですし、 
そういう意味でも、 
わたしはやっとこの世に生き始めたのかも、 
とも思いました。 
……感想から逸脱の余談です…… 

自分のなかの生命感に慣れなくて、 
気もち悪いような感覚もあるし、 
乗りこなせるのかという不安もあります。
 (呼吸すら楽しい感覚に 
慣れなかったときと同じです) 

でも、生きよう、生かそう、生かしきろう、 
それがわたしにはできる!という、 
むやみな確信も、いま、あります。 

 ∞ 

かつては熱心だったのですが、 
あるときから、神社仏閣への参拝が 
少なくなっていました。
 (神的存在はわたしの中にいる、傍にいる、 
と思えるようになってから) 

お寺には縁あってお詣りしていましたが、 
神社は久しぶり。 
宿の近くの五所神社、 
清々しい参拝ができました。 
樹齢800年を超えるくすのきに 
身をゆだねていると、 
ほんとうに心が安らぎつつ励まされるのを 
感じました。

 (実は空っぽなところも…… 
という衝撃的なことも聞きましたが……) 

神さま仏さまに祈願をするというよりは、 
神域、聖域を守る木々や人々に会い、 
ささやかでも支援ができるように、 
訪うて、賽銭も投じたいな、 
と思いました。 
ドネーションというのかな、 
縁を深めたい思いと感謝もこめて。 
なぜか、そういうことも思いました。

 ∞ 

 ……感想もあちこち迷走しましたが…… 

いま、色々な思いが同時存在しながら、 
どれも生き生きしているような感覚です。 
ありがとうございました。

 ∞∞∞


今回のレポは、しばしお待ちを〜✨
レポなんていらないくらい、お二人の気づきだけで、
もう十分にお腹いっぱい!ですが。😆


「ご縁の杜(湯河原)で合宿篇♪のご感想2
〜奇跡は心の中で起きますね。」はこちら

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