こないだ書いたブログ
「谷川俊太郎展&近松心中物語を見て来ました♪」の中で
「うそとほんと」という詩を紹介しました。
うそとほんと
うそはほんとによく似てる
ほんとはうそによく似てる
うそとほんとは
双生児
うそはほんととよくまざる
ほんとはうそとよくまざる
うそとほんとは
化合物
うその中にうそを探すな
ほんとの中にうそを探せ
ほんとの中にほんとを探すな
うその中にほんとを探せ
そしたら、こんなご質問をいただきました。
「うそとほんと」の詩で言っている、「うそ」は目の前の問題(フェイク)で、「ほんと」は、本当の問題という解釈であってますか?
そして、最後の一節「うその中にうそを探すな~」にある、 「ほんとの中にうそを探せ」と「ほんとの中にほんとを探すな」の2つがよく分からなかったんです。
「ほんとの中にはほんとしかないんじゃないの??」と思考停止しました。
もし他にも同じような方がいらっしゃったら、
ブログで萬夕さんの解釈を教えてもらえませんか?
ブログにも書きましたが、
私は言葉で言葉を解釈するのって、ナンセンスだと思っており。。
どんな風に受け取っても自由なものだから、
この詩はこういう意味だよ〜っていうのは、やりたくないのですが。
この詩の解釈ってことじゃなく、
あくまで私の考えとしての、「ウソとホント」について思うこと
を書こうと思います。
ホントっていうのは、
あなたがホントだと信じ込んでいること、もしくは
みんながホントだと信じ込んでいること、のことです。
例えば、常識、とかね。
当たり前だとされていること。
メディアで報じられていることとかも、そうですね。
みんな、信じ切ってると、
疑いもしないから。
ホントだと信じ込んでいることの中にこそ、
ウソを探してみる、真実を見抜いていく、
そういう姿勢って大事よね、って思います。
常識とか、教育とか、道徳とか、
いったら全部、洗脳だからね〜。😅
疑いもせず、そのまま真に受けてたら、洗脳です。
いい意味で疑う、って大事。
何でも一旦は受け入れて(→ここも大事!)、
自分の中で咀嚼して、
納得したらそのまま受け入れる、
違うと思ったら手放す。
このプロセスを飛ばしたら、他人の言うなりになっちゃいますのでね〜。
ホントだと信じ込んでいることの中にホントを探すより
ウソだと信じ込んでいることの中にホントは転がってたりするもので。
映画とか小説とか芝居とか
作られた世界の中にも真実って、あるしねぇ。
伝説とか神話とか
虚構の世界とされてるものの中にも真実って、あるしねぇ。
ホントはむしろウソの中に紛れ込んでいたりする。
この世界って、
いちいちパラドックス(逆説的)なんですよ。
だからこそ、真実は、言葉では説明できない。
思考では、理解できない。
思考は、パラドックスを拒否しますからね。
無理があるんです。
理解しようとするのをやめた時、
理解できることがある、と言いますか。。
やになっちゃいますね。^ ^;
ウソとホントだけじゃなく、
あらゆる陰と陽、二極にあるものって、
全く別物のようでいて、どこか混じり合ってる・・・
って思いません?
ウソの中のホント、
ホントの中のウソ、をひたすら探していくと・・・
そのうち、
あれ?どっちも同じじゃん!!
って、なったりしてね。(笑)
結局、同じじゃん!!
これが、統合。(笑)
この世界ってやつは、、、ですねぇ。
☆「気づきのヒント まとめ」はこちら。