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2016/10/04

永遠のヨギー〜ヨガナンダのドキュメンタリー映画を見てきました。


永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅」を
下高井戸シネマまで見に行ってきました。
DVDになる予定もなさそうなのでね〜。最終日に、駆け込み!

「あるヨギの自叙伝」で有名なインドの聖者、パラマハンサ・ヨガナンダの生涯を追ったドキュメンタリー映画です。

「あるヨギの自叙伝」は、スティーブ・ジョブズが自分のiPadに唯一ダウンロードしていた本ということでも知られていますが(ジョブズの追悼式では、800冊分が参列に着た重要人物らに配布されたとか!)、私は今年の5月にKan.さんのワークショップを受けた際、話にでてきてちゃんと知りました。

でもその時、Kan.さんが「僕がこの本を紹介したからって別に皆さんが読む必要はないですからね。自分自身がピンときたなら読んだらいい」というようなことを言っていて、私もその通りだと思ったし、ちょっと気に留めておこうか、くらいに思っていたんです。

そしたらその数日後、梅澤さやかちゃんがメルマガでちょうどこの本について書いていて、「あら。このタイミングでこうも畳み掛けられるってことは、読めってことね。」と思って購入したのでした。(笑)



本というのは、例え著者と実際に会っていなくても、読むことを通してそのエネルギーと交流することができる、素晴らしいツールです。それは、時間も空間も越えますからね。ずーーっと昔に亡くなった人ですら、目の前に現れてくれるというか。
映像も、またしかり。

映像は、その人の所作や声のトーンから
伝わってくるものもあるのが、面白いなぁって思います。


私がこの映画で好きなのは、
ヨガナンダの人間臭さがちゃんと伝わってくるところ。

個の意思としてはインドにずっといたいのに、
神がアメリカに行けと言う、
だから、それに従ってアメリカに行く。。

そりゃあ、できれば行きたくなかったろうなぁ…と思います。
インドではもう聖者扱いされているのに、
第一次大戦後のアメリカですよ?!?
超・物質主義まみれの。
そこに行ったところで「あんた誰だ?」の世界ですよ。
そこで一から道を作らなきゃいけないわけですから。
いくら神が味方してくれているとはいえ、
三次元の世界でそれを成すことは、
想像しただけでも大変なこと。

行きたくないけど、行かなきゃいけない。

このレベルに達した方でも、
「魂の望み」と「自我の望み」の違いに戸惑うって、
あるんだなぁと思うと、親近感がわきました。
聖者と言われる人だって、一人の人間ですもんね。


アメリカでクリヤ・ヨガを広めるにあたって、
ヨガナンダの教えが受け入れられやすかった要因のひとつとして、キリスト教を否定することなく、尊重したことが描かれていたのも、興味深かったです。

ヨガナンダは講話の中で、

「われわれを神に目覚めさせるものは、教義の解釈ではなく、魂の自覚です。おのおのの宗教の根底に横たわる共通の真理を会得すれば、教義の違いは問題ではなくなります。私にとってはユダヤ教徒も、キリスト教徒も、ヒンズー教徒もありません。みな同じ兄弟です。私はどの寺院ででも礼拝します。なぜなら、それはみな私の父のために建てられたものだからです。」

「自分の内に神を見出した人は、どこの寺院や教会へ行っても、そこに神の存在を感じることができます。」

と言っています。

全くもってその通りだと思いますね。
どんな信仰も、人が幸せに生きるためのもののはず。
こっちは正しくてあっちは間違ってるとか、
そういった批判や制限のためのものじゃないですから。。
ましてや誰かが誰かを支配(コントロール)するものでもない。
自分の外側に在るものではなく、内側に在るもの。


こんなことも言っています。

「教会に通うキリスト教徒たちは、『我々はすべて罪びとである。』と(ほとんど自慢ではないかと思えそうな)大声でよく言います。  

ところで、言っておきますが、キリスト精神と私のいうキリスト教には違いがあります。  
キリスト精神はイエスの最初の教えです。  
キリスト教とは、追従する者たちがその教えを元に作り上げたものです。  

イエス・キリストはかって十字架にかけられましたが、その教えはそれ以後、自らをキリスト教徒と称する無数の人によって、いわば日々、十字架にかけられ続けているのです。 

なぜ自分自身を罪人というのか?  

もしそういうことが、神を前にしての卑屈さではなく、神の偉大さのためなのであれば、時には謙虚さの名において、良いことかもしれません。  

しかし、どうして、否定的な思考や、可能性を限定する世界にとどまるのですか?  

もし、泥に埋まった価値あるものを発見したいなら、たとえ泥土を掘っている最中でも、その価値あるもののことを思うのではありませんか?  

もし汚い泥という否定的なものに集中するなら、そのうち掘っている目的を失い、探すのを諦めてしまうかもしれません。」


キリスト教徒でなくても、
罪悪感を捨てられずにいる方はとても多いので、
何か感じていただけたら、と思いました。


あと、いろいろあって、
45年来の親友と裁判にまでなってしまう失意の場面も、
あぁ、これだけ神のために働いても、大切なものを奪われてしまうのかぁ…と、印象に残りましたね。

覚醒したら人生から辛い出来事がなくなる、
というわけではないことが分かります。
そういうことでは、ないんですよね。

でも、それをきっかけにまた、ヨガナンダの霊的な覚醒が進んでいくので、やはり、必要なことはすべて起こるようになっているのだなぁとも思いました。


興味のある方は、見てみて下さいね。
もうほとんど上映は終了してるんですけど、
関東地区だと10/9〜逗子のCINEMA AMIGOでやるようです。
その他はこちらでご確認下さい