さて、4/7に4回目を開催しました、5回連続の
今回も、ご感想と氣づきを
受講生同士が読み合うことで(過去の受講生も含め)
そこからさらに氣づいたり、より深められるように、
ということをメインの目的として、
またここにもシェアさせていただきますね。
とはいえ毎回思いますが、
受講生以外の方が読んでも、
読む人が読めばというか タイミングの人が読めばというか…
ヒントの宝庫🌟なんじゃないかなぁ…😌
(全部読むとなると長いですけどね。笑)
みんな、素晴らしい👏
ただ、講座の内容について書かれている部分は
あくまで各受講生フィルターを通した『一部』であり、
適切には伝わらない可能性もありますので、
ズレて解釈して受け取ると
かえって苦しくなることもあるかもしれないので
ゆるーく、読んでくださいね。
受講生の皆さんには、追ってまた
グループLINEの方で
もろもろ伝えさせていただきます💓
過去の受講生が
この講座を受けようと思ったきっかけは、
「他人をジャッジするのが苦しい、したくない」
という気持ちだったのですが、裏を返せば
「(他人にも自分にも)ジャッジされたくない、
自分の価値を量られたくない」という強固な抵抗もあったんだなと
今更気づき、はっとしました。。。
と書いてくれてますが、これは
いろんなことに当てはめられるので
皆さんも自分に当てはめてみること、オススメしますよ〜🌟
「他人を傷つけたくない」は、裏を返せば
「(他人にも自分にも)傷つけられたくない」という本音
が見えてきますし、
「他人に迷惑をかけたくない」は、裏を返せば
「(他人にも自分にも)迷惑をかけられたくない」という本音
が見えてきます。☺️
逆も、しかり。
いつも、1セット🌟
意外と、片方しか認識できてない ということもありますので、
もう片方に氣づくことで
寄り添ってあげられる感情、もあったりするのでは💓
また別の過去の受講生が
「当事者なのにすっかり忘れ
改めて含むということができていた過去の自分に学ぶという・・・(笑)。」
と書いてくれてますが、
きっと今の受講生も、この先の『未来の自分』が
『今の(過去の)自分』から思い出させてもらったり、
教えてもらったりする時が やってくるんじゃないかな、って思います。
「ありがとう、私」ですね💓
「罪悪感を手放したら感謝しかないですね。 」
とも書いてくれてますが、ホントそう。😌
痛みは『ありのまま』を見えなくする霧
みたいなもので…
氣づきは、その霧を晴らしてくれます✨
あと
「まゆさんは、独立した時に恐れではなくて
ワクワクする方を選んだ、と話していましたが 」
と書いてくれてる方がいますが、
自分のことなので、事実を追記しておきますね。😆
レコード会社を辞めて
先輩の立ち上げる会社に参加することを決めた時と、
その後
もと同僚の立ち上げる会社に参加することを決めた時は、
不安よりも「ワクワク」で選んだのですが、
独立した時、
つまりこの仕事をフリーランスで始めた時は
「ワクワクする方を選んだ」わけではなく
消去法です。
恐れからは選んでいませんが、ワクワクでもないです。
たぶん、この辺の情報がごっちゃになって
記憶されたのだと思われますが、
今までいろんな講座やお話会で伝えてきたことと
違う情報になってしまうので、、
「あれ。そうだっけ?」と思う記憶力のいいお客さんも
いるかもと思い、一応ここには書いておきますね❣️
感想を送ります。
・価値判断を外していけばいくほど、本来の好き嫌いが出てくる。
これやりたいー!と強く思いました。
ずっと自分の好き嫌いを求めてさまよっていたのですが、
それはずっと自我に振り回され続けてきてたんだよーと
リトルわたしが大きく頷いています。
・すべてをわかろうとしなくていい。家族ですら。
わかろうとしてる自分がかわいいと思うくらいでよいかも。
相手が自分の写し鏡だとするならば、向き合って掘り下げて
すべて理解しなくちゃ!と、枠を作っていたようです。
ノートに書き綴らなきゃ向き合ってない、とすら思っていたのですが、
感情を切り離して、これはもういつもの自我の癖じゃない?と気づくと、
おう、また出てきたねと思えるように
(ちょっとずつですが)なっている気がします。
・ワンネスマリオ
とても理解しやすかったです。
自分はマリオだけど、プレイヤーの視点も持って、行き来するような感じ。
これを知っているだけでとても楽になれると思いました。
・瞑想は、doではなくbe
何かを生み出す時、
お風呂に入っている時とか歩いている時にふと思いつくことが多くて、
doじゃなくてbeという感覚がすごくよくわかるなと思いました。
ワークの感情の切り離しをしながら日々を過ごしていると、
大小様々な欲の多さと強さに気づき、
でも自分には何も起こってないんだよね、とわかると同時に、
自我って何がしたいんだろう?と不思議でしかたなく、
でも全部わかってなくてもいい気がするし、知識が増えることで、
それならば今どう対応すれば?
(向き合うの?含むの?わからなくてもいいの?)
と
対処法に迷ってしまうような、すこし迷路状態?になっています。
でも以前、講座で聞いたような気もするから、
もう一度講座を最初から聞いてみようと思って、
知識は自分の中で沸き起こって考えて腹落ちできた時が
真にそのことを知る時なんだと、
わかってはいましたが改めて実感しています。
キャラクター/プレイヤー/プログラマーで例えられた
3つの世界観の話以降は
いろいろと共感や合点のいくことの多い内容でした。
一例にもなるのかなと思って自分の体験をシェアさせていただくと、
自分も6年くらい前に会社員をやめて独立したのですが、
その当時のことです。
その時勤めていたクリエイティブ系の会社は、
給料面でも裁量面でも申し分なく
何か大きな問題があったわけでもなかったのですが、
なにか、ここにこれ以上いても意味はないというような
閉塞感というか頭打ち感みたいなものが出てきて、
ある日突然に
辞めよう、というより
辞めないとなんだなと感じたのでした。
かといってほかに転職という感じにもならず、
会社を辞める=必然的に独立という形にならざるをえませんでした。
当然ですが、辞めようと思ったものの 辞めてどうするんだ、
この先やっていけるのか、結婚すらしてないのに(笑)
という恐れと不安の感情、つまりエゴの声はしっかりあって、
あっさり辞められたわけではありません。
そんな時に、夢で、どう解釈しても金運に恵まれるという
暗示としか取れないようなものを、1度ではなくて何回かみたのです。
もともと夢はたくさんみる方ですが、あそこまでわかりやすい
示唆みたいなものは多くはないので、
今回の話でいえば、プレイヤーであるハイヤーセルフ?が
夢を使って一生懸命背中を押してくれていたんだなと思いました。
おそらく、辞めた方がいいという直感のようなものも。
まゆさんは、独立した時に恐れではなくて
ワクワクする方を選んだ、と話していましたが
自分は独立することにワクワクというようなポジティブな感じはなく、
そもそも、独立なんて滅相もない、と思っていたクチです。
普通に企業に勤めて仕事をして結婚をして家庭をもって、、
と思っていました。
それをしたい、というよりは、そういうもんだろう、
みたいな感じです。
でも結果、結婚もしていなければ会社員もやっていない。笑
ワクワクを選ぶ、というより、自分的には
なんかピンとこないものは選ばない、
という消去法のやり方が近いなと思います。
どれだけ思考で条件的には最良だと判断しても
今回でいえば転職はなんかピンとこないんだよな、、というような。
それも、プレイヤーの存在が、そっちは違うんだよ〜と教えてくれている
合図なんだろうと思いました。
それで独立した結果、あの時会社を辞めて本当によかった、
と感じられています。
完全に、自分が想定していた状態とは違うのに、です。
想定していなかったからこそ、それ以上だと思える感じ。
まゆさんも言っていたように、独立に夢を描いていなかったので
執着とか、野望みたいなものもなかったのが良かったとも思います。
単純に、金銭的なことや自由度ということだけではなくて、
説明しにくいですが、社会に対してどこか客観的になれたというか
あんなにしがみついていたのは何だったんだろう??
ということに、徐々にですが気づけたという感じでしょうか。。
何か、ビジネスで成功する、世間的に認められて金銭的に恵まれる、
というのが、いわゆる目指すべき幸せなあり方、
と思いこまされてきましたが そういうことでもない、
(そういうのを目指すのが役割という人もいるのかと思いますが)
無名で、がむしゃらに頑張っていなくても、誇示できるものがなくても
目に見えて誰かの役になっていなくても、ぜんぜんオッケーでは?
というような。
一言でいえば、外に振り回されにくくなっている、、というのでしょうか。
それが、最後に話していたように、
ただ存在するだけで、自分が自分と闘っていない状態で、ただ在る、
それだけで意味がある、というのに繋がるのならば
すごくいいなぁ、、と思いました。
この一連の体験は、講座の中での川の話にも通じるなと思うのですが
自分が、こういうのが目指すべき姿!と思っていたものとは全く違う
がんばってオールを漕ぐのではなくゆだねてみたら
予想もしていなかったところに流れ着く、その想定外の面白さ、、
みたいなものを垣間見せてもらった出来事、と感じています。
まだまだ行きつく先は不明ですが。。笑
でもこれも、まゆさんがLINEで伝えてくれていたように
仕事をある程度やって納得がいったからこそ得られたことだよな、と。
じゃあもっと早く独立していれば、もっと早くこの感じが得られたか、
というとそれは無理だった、と断言できます。
誰にでも、それぞれの体験とタイミングというものがあって
誰にでも当てはまる正解のルート、やり方というのはないんだろうな、と。
長々となりましたが、、
まだまだいろいろと解消したいことや課題はてんこ盛り、
と思うのですが、自分の体験の背中を押してもらうような話も多くて
とても心強く、ありがたいと思っています。
また次回も楽しみにしています。
・ちなみにですが、私は飽きっぽくて気分が変わりやすいので、
今回の3週間に1回形式
でちょうどよかったです。
5か⽉続いてたら間延びしそうなタイプです。
・全体的に萬⼣さんの声が落ち着いていて、安⼼して聞けました。
前回は結構怒っているように感じたので。おそらく、私の気持ちが
前回より落ち着いているってことでしょうね。
(なお、誤解を招いてしまっていたら恐縮なのですが、私は
萬⼣さんの性格や感情に対する興味はあるわけではなく 、だからこそ
そう思われる可能性にあまり気づかなかったです。
「今回は、感情的な⽅から学ぶっていうことに
何か意味があるのかもなー」とか「私
⾃⾝に怒りがあるのかなー」
という、あくまで⾃分に⽮印が向いておりました。)
この講座でも、「外界で起こることは⾃分へのメッセージ」
みたいなお話は何度も出てましたし。
・「マイルールでがんじがらめになっている⼈の話」や
「私たち個⼈はキャラクターで、ハイヤーセルフはコントローラー握って
遊んでいる⼈」という話はこれまで読んだ、スピリチュアルの本や、
⼼理学の本に書いてあったことと同じだと理解しており、
すんなり⼊っ
てきました。全体的に、私は、
「これまでスピリチュアルで習ったことと違う!」
というのは、あまりなく、萬⼣さんのお話は、
これまでほかの本で読んだのとだいたい同じだ〜
と
すんなりわかったつもりになっています。
最近の本を読んでいるからですかね。
現在の
最新の科学ではない証明されていないのに、
みなさんが異⼝同⾳に同じことを⾔うのって
やっぱりそういうことが本当にあるのかもなって思えます(^^)。
・「思い通りにしたい」から「思い通りにならなくてもいい」に変わる、
というのはそうなんだろうな、と印象に残りました。
・「平和を望むなら⾃分から」「まず⾃分が⾃分と戦うのをやめる」
というのも本当にその通りだと思いました。
・たぶん、理解が浅かったり時期尚早だったりするんでしょうが、
いつも講座をお聞きす
ると、「なんとなくわかった、OK〜」と思います。
理解が浅くても時期尚早でも、「こんな感じ⽅でいいんでしょうか?!」と
不安にはあんまり思わないんですよね。わかったつもりでいいし、
それでも私が分かった気がするということは事実ですし。
事実と思っているのも、⾃我の抵抗により思い込まされちゃってるのかも
しれませんが、それでも、今それ以上わかろう、わからなくてはだめ!、
って感じはしないし、それでいいかなって感じです。
すこーしづつやってきます。
・瞑想、またやりたくなりましたー。
ジョブズもやってる!という今回お⾔葉があって、
本当にジョブズはビジネス界でもスピリチュアル界でもカリスマなんだな
と思い知りました。ジョブズもやってるなら顰みに倣いたいって思います、
ほんとに。
・講座全体についてですが、萬⼣さんがご⾃⾝の固有の体験からつかんだ
ご⾃⾝の「真実」を教えてもらえることはすごくありがたいことだーーと
本当に思います(^^)。愛ですね。。
今週はやっとさきほど聞けました!
聞きたてで、荒削りですが送ります。
含む、の解説に抱く印象や理解度が、
4回を通じてちょっとずつ変わってくる感じがします。
何度も辛抱強く解説していただいて
やっとこ含むがわかってくる(のか?)感じです。
数学の授業の、わかったようで実はわからない問題が
だんだんわかってくる感覚に近いです。
私は今回遠隔100%でごめんなさいなんですけど
皆さんの質問が私の助けにもなっております。
特に今回は受講者さんの質問でもう一度、立ち戻ったりもできて
私にとってはRさんの質問がすごく自分の持っている疑問に近かったです
(でも、Rさんの質問を聞いて初めて
そうだ!自分もそこがわからなかったのだ、と気づくのですが)
その中でも
まゆさんがおっしゃっていた
なんだなんだ、終わらないなと思ったら
思考しちゃっていて感じるのを忘れている可能性が高い
というお話を胸に抱きたいのですが
きっとまた忘れてしまうので
1ヶ月に1回自分にリマインドするシステムが欲しいです(他力…)
あとは、縦軸ができてくると
臨場感が薄れてくる、というのが
そうそう、それよねー、その先が今見えなくて
ちょっと困っているかもねと感じました。
臨場感が薄れてくるとそのことで困ることもあり。
俯瞰することを
自分が非情なように思ったりですとか。
ゲームの話では
自分の状態は、ほぼ
ゲームをやっている認識に今いると感じました。
そのことの退屈さのようなものを感じているというか
次の楽しみ方を見つけたいと思っています。
と、いいつつも、キャラクター視点と
プレイヤー視点、両方の軸に寄ったり離れたりしている
今の状態がモヤモヤして、この講座を受けたんだなと
今になってわかったりしています。
もう一度ゆっくり聞きたいです!
「含む」のところで理解しないといけないのかとか少し混乱していたが、
質問に答えていただいて理解が深まり、含むの流れも再確認できました。
含まないといけないとか、理解しなければいけないとか、
含むをすることに関しても、
~しなければいけない、良い悪いの見方が
自分にあることに気づき、ちょっとはっとしました。
含む含まないも選択できるとわかっていたはずなのに、
いざとなったら、含まないと!に切り替わってしまっていたことにも
自分でも少し驚きました。
ここの引っかかり、感情にも寄り添ってみようと思いました。
キャラクターとしての自分は、まさに現在の自分なので
そうなんだなぁとわかりますが、
1つ目のワンネスは、仕組みについて頭ではわかったつもりの段階です。
まだ、未知の領域なので。
余裕をもって対応できるようになるプレイヤーになると
実際どんな感じなのかとても興味が出てきました。
焦って、頭で含むをしていかないように注意しながら進んでいきたいです。
・相手の所為にしなくても、自分の所為にしなくてもいい、
誰もせめないでいいという話で、トラブルが二人の間で起きたときは
どのように思えばいいのだろうかと思った。
先日も母とモノを渡した渡されていないという議論になり、
両者とも自分の正しさを信じて譲らなかった。
結局母の思い過ごしだったが、このような二者間での揉め事の時は
自分は間違っていないのだから、相手が間違っているというところにしか
フォーカスがいかなくなってしまう。
「~の所為」という発想そのものを
あらゆることに対してしないほうがいいのだろうか。
二極を超えていくというのはどういうことだろうか。
・最近、性的マイノリティーの人と仲良くなる割合がとても高く、
なぜ彼らは話や話し方が面白かったり、
どこまで突っ込んでいいかのバランス感覚が絶妙だったり、
他の人が突っ込みづらく感じている部分を絶妙なところまで
突っ込んでくるのか、観察力が鋭いのかと不思議に思っていた。
講義の中で、彼らは含んでいかざるを得なかった
というような話があり合点がいった。
・「○○と一緒にいたくない、一緒にされたくない、嫌い」という背景には
自分の価値判断が含まれているという話があったので、探っていったら
1回目のワークの時に出したマイルールが出てきて面白かった。
今後苦手だと思った人を見つけたら、この探りをしていきたい。
【第一期・二期の受講生がまた講座を聞き直しての氣づき】
*また届いたら追加します
(ちなみに第一期は全4回だったので、ここまでとなります)
こんばんは!
今回も、別の思考が入りこんでなかなか集中できず、
「聴きなおし→また思考にもっていかれる→聴きなおし」のループで、
思考とのせめぎあいになってしまいました。。。
マリオのお話のところは、とてもわかりやすい例えだなと思っていますが、
あれこれ思考し始めると、
このお話の内容もシンプルに受け取ることができなくなります。
頭では「委ねても大丈夫だろう」と思っても恐れがまだ大きく、
すべて委ねるのは私にはまだ難しいのだなと感じてしまいました。
縦軸が現れるあたりのお話は、
以前はあまりイメージできなかったところですが、
今回は理解が深まってきているかなと思いました。
ささいなことですが、問題を無効化することや、
改めて選択しなおすというような、
縦の力を使える機会が増えてきたような気がしています。
ベーシック最後の講座を振り返っている今週も、
生活の中で起こってくる出来事に対して色々と思うことがありました。
この講座を受けようと思ったきっかけは、以前もお伝えした通り
「他人をジャッジするのが苦しい、したくない」
という気持ちだったのですが、裏を返せば
「(他人にも自分にも)ジャッジされたくない、
自分の価値を量られたくない」という強固な抵抗もあったんだなと
今更気づき、はっとしました。。。
また、原因探しのことについて色々とお話しいただいたところでは、
自分が小学6年生の時に「結果には必ず原因がある!」と
担任の先生が言っていたことを思い出しました。
当時はその先生の言ったことがとても面白いなと感じ、
そこから何に対しても原因を探すようになりました。
「なんでこうなった?」と考えることは、あたりまえの習慣になり、
他人や自分を責めることも増えていった。それで苦しくて、
感じることも拒否するようになっていったんだろうなあ…
と思ったところで、、今また原因探してましたね。(汗)。
その担任の先生に対しても恨めしい気持ちになり、
そこもまた他人のせいに。。(笑)
ついつい雑になったり、すぐずれるのですが、
引き続き起こってくることをできるだけ丁寧に観察することで、
プレイヤー意識を育てていければなと思います。
あと講座とはまたずれてしまうのですが、
昨日面白い体験があったので共有させてください。
先日、最近は重いというか、それと一緒に静かな状態で過ごしている
とお伝えしましたが、さらに昨日は仕事で起きた摩擦のせいでか、
「ひっかかり」がのっかってきた感覚だったので、
いつもより長めに時間をとり、瞑想&観ることをしてみました。
うまく言語化できないのですが、ひっかかりというか
その感情のようなものは、本当に単なるエネルギーで、
「ただここにあるな」というのを感じていました。
しばらく観ていると、「苦しいよ~」というのが出てきました。
苦しかったのかー、とその苦しさと共ににいたのですが、
突然ピラミッドセンターの庭のイメージが浮かびました。
「そろそろ酵素づくりの季節だなあ、春は行けないなあ。。」
と思っていたら、あつみさんが浮かんできました。
「あ!あつみさん!」と思っていると、今度は唐突に、
真っ白な雪原を白い狼が自由に駆け抜けている場面になりました。
唐突な展開すぎて「ん?これは前世の風景?なにを見せられているんだ?」
とわけがわからないまま不思議な気持ちで狼を見ていました。
しばらくすると今度は、あつみさん(声はしらないけど?)が
「泣きなさい。」と言ってくれました。
すでに泣いてましたが、本気で泣きました(笑)。
その間、狼はもう1頭もちらっと出てきつつ、
あつみさんと見守ってくれているようなイメージで幸せでした。
なんであつみさんが?とかなんで白狼が?というのはあるのですが、
「そっかー、全部自分か!」と。
ちなみに瞑想を終えた後、
白い狼が登場したのがとても気になったので
ちょっとだけ調べてみたのですが、浄化や守護のような存在らしく、
なるほど~とうれしくなりました。
スピスピですが、こんなこともあるんだな~と面白かったです。
最後のワークもこれから取り組みますね。
感想また後日送ります!ではでは!
💫
なんで自ら希望したことなのにこんなにも拒否反応があるんだろう
と考えてみました。
やらなければならないことがあるのに後回しにして、
それを頭の中でずっと責め立てているこの状況が
何かに似ていると思ってみたら、遡ること高校時代でした。
進学校という面子ばかり気にしているような環境で
水面下で反発していましたが、大人になって思ったのは、
押し付けのように感じていた勉強を
自分なりに楽しくできるような工夫をもっとすればよかったということ。
まゆさんから学んだこともうっかりすると頭で受け止めて、
内容を頭でこねくり回しまじめにやろうとして
気持ちが疲弊しているのかもしれないと思いました。
なんでこんなに「~ねばならない」が発動しているんでしょう・・・
じっとしているように見えて頭の中では常に自分を追い立てていて、
薄々気付いてはいたけどここまでか!とびっくりしています。
高校生の頃の思考や行動パターンを繰り返しているのかも驚きですが、
今回ふとその時の気持ちをまだ解消していないのかもしれない
と思いました。
矛盾や葛藤、人と比べることなど表には出さないようにしていた
(つもりで実はダダ漏れ) もやもやしたものは自分の中ですら
感じてはいけないと見ないようにしてきたものだなぁ、
ちゃんと自分だけでも見て感じて認めてあげればよかったなぁ
と思いました。(きっと今からでも大丈夫ですよね)
今回の講座の3段階の意識の違いですが、
自分の生活に当てはめてみました。
結婚を機に関東から九州に引っ越して、2年足らずで今度は関西へ・・・。
九州で暮らせることが嬉しかったのに、せっかく就職もして慣れてきた頃に
一生縁がないと思っていた関西に引越し。
キャラクターとしては晴天の霹靂くらいのサプライズでしたし、
少し恨みがましい気持ちも・・・。
でもずっと前から何か今までやったことのないような
新しいことをやってみたいというような気持ちがあって、
心機一転新天地でそれを望んでいるのか?なんて
プレイヤーのような気持ちになって考えてみました。
今は専業主婦なのでありがたいことに時間はたくさんあります。
その時間で自分の体調や身体のことをもっとよく知って
それに合わせた丁寧な生活をするという願望が出てきました。
願望をブラッシュアップしていくと、
いきなり何か新しいことをする!と意気込むのではなく、
より地に足の着いた現実的な願望が出てきました。
夫が新しい環境で遅くまで頑張って仕事をしているのを見ると、
自分の生活に対して罪悪感が出てくることもありますが、
今できる丁寧な生活、自堕落を極めた生活を
とことん突き詰めるのもいいのかも、やってみたら分かることや
心境の変化もあるかもしれないし・・・と思います。
罪悪感を手放したら感謝しかないですね。
講座の中でリトリートに行く予定が
コロナ渦の影響で泣く泣くキャンセルになった話が出ていましたが、
当事者なのにすっかり忘れ
改めて含むということができていた過去の自分に学ぶという・・・(笑)。
そういえば、2年前もまたコロナ絡みで風くんのコンサートと旅行が
当日キャンセルになったことを思い出しました!
両方とも自分が感染したわけではなく、
支払いも済んだ後の直前のキャンセルでさぞかし悔しがると思いきや、
気持ちはあまり揺れ動かなかったんですよね。
そのことに逆に自分が戸惑いました。
本当は行きたくなかったのかもとか疑い始めたくらい。
でも行けなかった場合でも自分の中で行けた時と同等の得るもの(体験)が
あったと心の中で納得することがあったからかもしれないと思います。
講座の学びを日常で生かしていないダメな自分、みたいに思ってましたが、
今回はナチュラルに無自覚に含むをやっていた過去の自分に驚きつつ、
こういうことなのかと新鮮な思いがしました。
こんなふうに軽やかに自然に取り入れるといいなと感じました。
【日々と宇宙の講座ベーシック第三期生の皆さんのシェア】