先月のブログ
そして、その続編
さらに、その続々編
こちら↑に「日々と宇宙の講座」のアドバンスを修了した方の
加速する気づきと解放✨をシェアさせていただきましたが、
まだまだ
またまた シェアさせていただきますね❣️
(ありがとう💕)
この記事を読んで
また、爆泣き、
自分の書いた文章なのに。
そして、
今回のこの大浄化で
うわぁーと声を上げて泣くことができました。
私、今まで
じんわり、ポタポタしか泣いてこなかったのでした。
そして、
恵子さんのレッスンも
逃げてた…。
母が亡くなって時間が取れないとか、
言い訳して、
自分に向かい合うのが
怖かったんです。
なんにも怖いことなんかないのに。
ただ、
ちーんと
インナーちゃんが
沈んでいるだけなのに…
でも、
それを見るのが、怖いんです。
自分が
置き去りにして来たのに。
もう少し
時間をかけて
置き去りにして来た
なかったことにした感情と向かい合います。
「でも、それを見るのが、怖い」には
共感する方も多いと思います。
実際、私もよく皆さんから聞いてきました。☺️
怖くなければ、とっくに
見てあげてたでしょうし、
嫌だからこそ、何十年も避けてきたわけですから、
そりゃあ、怖くて当たり前。
恐れって、避ければ避けるほど、
大きくなっていくもの ですしね。
昔、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の話を
してくれたお客さんがいらっしゃいました。
幽霊だと思って恐れていたものが、
よく見たら枯れたススキの穂だったという意味で、
何か自分の気持ちに怖れがあると
ただのススキが幽霊に見えてしまう、
逆に幽霊と思って怖かったものが、ススキの穂とわかって
なあんだ!
と安心する例えとしても使われます。
恐れたまま、見ないでいると、
それが「ススキじゃなくて幽霊だ」と、
ずーっと思い続けることになる・・・どころか、大抵は
その恐れは増大していくことになります。😅
でも、怖くても、ちゃんと見てしまえば
「なあんだ!」となったり、するもの。
でも、すでに長いこと
目をそらし続けてしまったわけですから
恐れはその分、増大している、、わけですよね。
だから、
どこかで勇気は、出さなきゃいけません。
勇気を出すには、やっぱり本氣で決める、
覚悟する、ってことになりますよね。
(本氣で決める、覚悟の大切さ、については
また別途、書きますね。☺️)
そして、勇気を出すためにも、まずは
その恐れに寄り添ってあげること。
恐れを頭でどうこうしようとすると
また蓋しかねませんので、
思考でなんとかしようとは、しないで下さいね。
「怖い」ということを認識できていること、
その気持ちをごまかさないことは、とっても大切💓
怖がってる自分を
責める必要は、全くありません。
麻痺が過ぎると、この恐れすら、
自覚できませんのでね、「そこまでではないんだな」
と、ちょっとは安心してください。☺️
恐れを自覚できたなら、
「そうか、怖いんだね。そうだよね、怖いよねぇ。」って
とにかくYESの姿勢で、その感情に寄り添ってあげること。
「怖がってどうする!」とか、戒めるのは絶対NG。
「怖がらずにこうすべきだよ。ああしたらいいんじゃない?」
みたいに、ごもっともなアドバイスをするのもNG。
ひたすら、基本おうむ返しで「だよねぇ」と、全肯定。
それが、自分に『寄り添う』姿勢です。
感情に寄り添うことが苦手な方は、
前に書いた、身体の違和感で感じてあげる方法で
消化してあげてくださいね。
そうやって、恐れに寄り添ってあげているうちに
またわかってくることがあると思います。☺️
インナーチャイルドだって自分自身なわけですから、
今の自分と切っても切れない存在。
その子がずーっと放置されてきて
どんな気持ちでいるか、
(無意識でも)奥ではちゃんとわかっているから、
だからこそ、見るのが怖いわけですよね。
本当の本当は、
ちゃんとその子を見てあげたい。
愛してあげたい。
「恐れ」ですら
「愛」の一部ですからね。☺️
なのにできない自分を
どこかで責めているかもしれない。
罪悪感があるかもしれない。
自分で自分を責めていると、
向き合う=責める になってしまいます。
向き合うって、決して
責めることではありません。
今までも、何度も書いてきた通り。
☆「自分を散々こき下ろして、自分と向き合ってる!と思ってました。」
☆「わたしも、自分のあら探しをして、 苦手を見つけて、
それを克服することが、 自分と向き合うことだと思っていました。」
☆「向き合ってるつもりが、自分を責めてしまってませんか?」
☆「わたしも、自分のあら探しをして、 苦手を見つけて、
それを克服することが、 自分と向き合うことだと思っていました。」
☆「向き合ってるつもりが、自分を責めてしまってませんか?」
自分で自分を責めている、という自覚がない場合でも
「あの人は私のことを責めているに違いない」と
他者の言動を「責められた」と変換しやすい傾向がある場合、
RASで言うところの「責められた」という信じ込みがあると
考えていいでしょう。
「責められる!」と思っていたら
向き合いたくないのは、余計に、当たり前ですよね。😅
ヒプノセラピーでインナーチャイルドに会いに行く時って
必ず、ニュートラルなポイントに自分を置いてから
会っていただくんですけど、
『批判的な自分は一旦でも横に置いておく』というのが
すごく大事なんです。
向き合うって、責めることではないんだな、ってことを
頭でも理解しつつ、
実際に、少しずつでも痛みに寄り添ってみていただくと
受講生の言う
「向き合うことは怖くないし
自分やまわりへの愛へつながっていると実感しました。」
が、「ほんとだ🌟」ってなっていくかと思います。☺️
とはいえ、重症な方は
自分だけでやるのは至難の業だったりもしますので、
誰かしら、プロの手を借りるのもひとつ、ではありますけどね。
さて、守りの壁が崩壊して
どんどこどんどこ、
解放と気づきの波🌊 がやってきている彼女❣️😆
こんなメールも届きました。
↓
そして、
さらに、
すごい発見が…
私、夫に対して
「私の気持ちを分かってくれない」
「甘えさせてくれないひどい人」
と思っていましたが
これも、ダミーでした。
これ、
父に対する気持ちでした。
以前、
嫁ちゃんに
「ニューバランス の靴を買ってあげる、
これでみんなでお揃いだね」
と、言って、
私は、
「えーっ、私も持っていないから、欲しい」
と、言えずに、
自分で買った、
ニューバランス 事件という
仲間うちでは、話題の出来事があるのですが、
その時、
うすうす、気づいていたのに、
夫を悪者にして
自分の感情に蓋をしてなかったことにしていました。
この時に
「夫は、私の父親じゃないんだよね」
までの気づきは、あったのですが、
それ以上は、
深掘りしませんでした。
今になると分かります。
父親に対する気持ちが癒されていないから、
夫のこの言動と行動に 反応して
私は、怒ったんだと。
まぁ、でるわ、でるわ。
とめどなく出てきます。
もう、蓋出来ないです。
もう、蓋できない。
いいですね〜❣️👍
前回ね、
↑
こちらに、「私たちって、ほんと巧妙に、
本丸を避けて、ダミーを置くんですよ〜。」って書きましたが、
そうそう。
こういうこと、です。☺️
本丸に気づけると、子供の時の、
最初の痛みにも気づいてあげられるので
やっとやっと、そこに寄り添ってあげられるんですよね。
今のパートナーとの関係性に
父親との関係性を持ち込みたくない、終わらせたい!という方は
RASの「異性の親の解放」もオススメ💓
ワークがキモなので、
ちゃんとワークを続けていただく必要がありますけど。😁
父親との愛情関係の痛みが放置されたままだと、
今のパートナーに、どうしたって
父親にしてもらえなかったことを求めてしまいますのでね。
気づいたなら、その痛みに縛られたままの自分、
解き放ってあげたいですよね。🎈
【日々と宇宙の講座フォローアップなどのご感想】
【日々と宇宙の講座アドバンス第二期】
【日々と宇宙の講座ベーシック第二期】
【日々と宇宙の講座アドバンス第一期生の皆さんのシェア】
【日々と宇宙の講座ベーシック第一期生の皆さんのシェア】