【お知らせ】
代々木上原でのセッションは終了しました。15年間、ありがとうございました❣️ 10/1以降の対面セッションは、山梨県甲州市のサロン(新宿から特急で80分)にて行っています。ハンモックで葡萄畑を眺めながら、ぼーっとお休み時間20分もプレゼント🌿 詳しくはこちら
RAS®認定ファシリテーター養成講座と特別解放コース💫新たな40セッションver.ご提供できるようになりました✨詳しくはこちら
4/21(火)野草入り酵素作り🌿とピラミッドでサントゥール演奏&ヒプノ✨vol.25@梁川(山梨県)、お申し込み受付終了しました。詳しくはこちら
6/27(土)響きと静寂の、あわい。〜サントゥールとライアーと、坐禅@恵林寺本堂(山梨県甲州市)、お申し込み受付中。詳しくはこちら

【リトリート】
リトリートは基本、リクエストをいただいてから、少人数で開催しています。リクエストは、場所や時期にもよりますが、宿などが取りづらいので、少なくとも開催の2ヶ月前、できれば3ヶ月前にはいただけると嬉しいです。大体の目安は☞こちら、大分&熊本♨️秘湯巡りリトリートの告知を参考にしてくださいね。
山梨県甲州市への移住に伴い、お一人での1dayプライベートリトリートも始めました🌿 セッションにプラスして半日リトリートも可能です。詳しくはこちら

【ゼニスオメガヒーリング・プラクティショナー養成講座】
2020年より『マスターティーチャーのみ』ZOOMでのオンライン授業が可能になりました。詳しくはこちら。テキストを事前に送る都合上、開催1週間前には受付終了とさせていただきます。2023年4月より対面授業も再開しますが、オンラインの方が人数は集まりやすいです。
5月中旬以降でレベル2授業、あと1名いらしたら開催します。日程調整しますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
レベル1〜5まで、ご希望に合わせて随時開催中です。他校からの生徒さんもどうぞ。お気軽にお問い合わせ下さい。授業内容について詳しくはこちら

2026/04/26

日々のドラマから気づけること。3 〜日々と宇宙の講座の宿題より


4/7(火)に4回目を開催しました、5回連続の


普段、私たちは
「キャラクターとしての私」「個としての私」
と同一化してることがほとんど ですが、

いつものキャラクター意識からだけでなく、
(まだ想像でもいいから)プレイヤー意識でも
ひっかかる出来事を見てみたら、どう感じるか?
どう見えるか?そこにはどんな違いがあるか?

・・・それを4回目の宿題として
やっていただきました。☺️


これをやろうと試みると、
これまでの3つのワークも活用する必要が出てきます。
すべて連動してますからね。☺️


「プレイヤー意識で出来事を見てみよう」としても
含めていないとなかなかできませんし、

含むには、痛み(未消化の感情)がそのままだと
どうしても反発や抵抗が起こって難しい。っていう。


でも、「これでいいのかな?」と思いながらでも
やってるうちに、キャラクターと自己同一化したままでは
氣づけなかったことにも氣づけるようにはなっていくもの✨


ただ、このワークをやっていると
過去の受講生もそうでしたが、皆さん大抵
プレイヤー意識がなんだかわからなくなってくるようなので、、
先にいくつか、アドバイスをさせていただきました。


プレイヤー意識がまだ培われていない状態で、想像でやると
当然どうしても混乱しやすいですからね。😌


受講生も書いてくれてる通り
俯瞰して思考で処理すること」にもなりやすいし、

物事の中立にいようとすると
ジャッジするような感じになってしまい、
キャラクターに寄り添い大きな愛で見守るような視点を
忘れてしまっていました」も起きやすいし、

いろいろズレは生じやすいのです。


とはいえ、さすが受講生❣️

皆さん、ちゃんと自分で氣づけてる👍

素晴らしいなぁ✨



風くんの新曲「It's Alright」
のことを書いてくれてる方もいますね♪

彼の詩も、ほんとプレイヤー意識✨


MVには白鳥と黒鳥も登場していて
「おぉ〜」と思いましたねぇ。🦢

去年ブログにも触れたけど↓


MVでもきっと、二項対立の象徴☯️
そして融合✨



キャラクター意識でいると
まったくもって「It's Alright」だなんて思ないことは
生きているとね、いろいろ起きますよね。

キャラクター意識からは
「It's Alright」なんて思えなくて当然なんです。
そういう仕組みですから。


だからどうしても対象(外側)を変えようと
がんばってしまってきたわけですが、、

その視座から抜けてしまえば「It's Alright」
なんですよね😌


これまでの4つのワークが
日々の中で習慣になっていったら、

縦軸も培われていって
プレイヤー意識でみることも今よりスムーズになっていって、
だんだん、面白がる余裕も出てくるんじゃないかな🌟



さてさて、また、
受講生同士がお互いに読み合えるように(過去の受講生含め)
ということをメインの目的として、
ここに宿題の感想をシェアさせていただきますね💫

他の方の氣づきを通して
「あ!」ってなったり 深まったりすることって、
結構あると思いますので。😌


もちろん
受講生じゃない皆さんもぜひ❣️ ではありますが
「??」な部分も多々あるとは思います。

そういうところは下手にわかろうとしてズレるよりも
軽やかにスルーして、笑

今のご自身のヒントになりそうなところだけを
いいとこ取りしてくださいませ。😆




そもそも私は、プレイヤー意識になるところまでは
ぜんぜん行けそうもなかったので、 
日常のひっかかりを感じた際の、
気持ちに寄り添うことに主に取り組みました。 

 ■気づいたこと 
・ひっかかることは日々めちゃくちゃある。 
・ひっかかりに寄り添うことが今は大事。 
・自己嫌悪、自己否定は心理学に取り組んだことでだいぶ減らせたので、
 日常手を焼くほどの  怒りや憂鬱、悩みは大分減って
 だいぶ生きやすくなっているが、激しい感情がない分  
 解消の手がかりがない消化不良、もやもや感がある気がしていた。 
・その解決策として、
 ひっかかりに丁寧に寄り添うことはとてもいい気がする。  
 カタルシスにまでたどり着くことはなかなかないが、
 今はこれでいいのだと思う。 

 ということで、いいワークを教えていただきました、、☆!!




はじめのうちは、プレイヤー意識での捉え方 
というのがよくわからなくて取り組みにくかった。 
俯瞰して思考で処理することとの違いでも少し混乱した。 
でも時間がたち、冷静になってから見直してみると、 
急に、ああこういうことかーとわかる感じがでてきて、 
結局まだまだ未消化の感情があり、 
体験から距離や時間を置くまではそれにのまれているんだなと思った。 
今回の課題で、寄り添う必要のある感情が何か、 
よりクリアになったような感覚がある。 

取り組んでいる中で 
なんとたくさんのマイルールに縛られているのか、 
それによってあれこれ矛盾を抱え、一人で勝手にジタバタしているのか、、 
とまた改めて思い知らされた。 
それらのひっかかりをプレイヤー意識で眺めてみると、 
ほぼ、別にたいしたことない、どっちでもいいじゃん、
というものになった。 
でもそれも、自分への手当てと同じように 
ある程度のことはやってきたからこそ肝がすわるというような 
今までの積み重ねによる賜物もあると感じた。 

一方で、たまたまこのタイミングで 友人が病気を患い手術をして
闘病しているということを知って お見舞いに会ったりしたのだが、
どこかで別にたいしたことではない という意識が働いていて
(もちろん口にはしませんでしたが) 
前の時の方が、明らかにもっと感情移入したり同情したりできていたよな、、 
と思ってしまい、いいのか悪いのか、、という不思議な感覚にもなった。 
そういう時は分離の意識を選択してそっちの感覚で向き合う、、とか 
時と場合で使い分けられるとさらに良いのだろうか。 

という、以上になります。 
また来週の回もよろしくお願いいたします。




未消化の感情があって、なかなか含む→プレイヤー意識になる段階に
進めないことがいくつかあって、少し苦戦しました。 
なので、もう少し軽い引っかかりでやってみることにしました。 

キャラクターだと、その引っかかりに凄くこだわってしまっていて、
同じところでグルグル留まっている感覚で、周りも見えていない感じでした。 
プレイヤー意識になってみると、
そこには起きている事実がただ有るだけでドラマはなく、
執着も無くなる感じがしました。 
キャラクターの時に比べて、解放されて気持ちが楽になった気がします。 

今はまだプレイヤー意識になれないことが、 
段階を踏んで出来るようになった時の変化が楽しみです。 
これからも小さなことから
プレイヤー意識になるトレーニングを続けてみたいです。




子供が熱を出して丸3日家にこもりきりになったので 
あぁぁぁまゆさんの宿題ができないぃぃぃと思いつつ 

子の暇つぶしのため、配信で「インサイド・ヘッド」をつけてみました。 
他の作品は見過ぎていて、なんかこのテーマ子供にはわかりにくそうだなと 
ずっと後回しにしていたインサイド・ヘッド。 
これしかまだ見てないやつないし・・・と半ば後ろ向きにつけてみた
インサイド・ヘッド 

結局子供が気に入って5回?もっと?リピート視聴していたので 
仕事と家事をしながらも否応なく目に入ってきて笑 

インサイド・ヘッドで特徴的なキャラクターは「かなしみ」 
主人公の「よろこび」は、どうにかして宿主である女の子が 
「かなしみ」を感じさせないように、悲しみを閉じ込めてみたり 
物語の途中途中で「かなしみ」に振り回され 
あなたって、どうしてそうなの!?とポジティブなりに呆れて困ってみたり 

 一見すると人生にとって迷惑でしかない「かなしみ」の存在ですが 
物語の中ではちゃんと、かなしみが存在する必要性も描かれます 

それで、このところ 
プレイヤー意識に移行してから悲しみがよくわからないと感じていて 
それで困ることもある、と思って、いや「考えて」いたわけなのですが 

インサイド・ヘッドを5回以上リピート再生させられながら 
まゆさんの・・宿題・・・と皿を洗いながら
脳内で思考を細切れになりながら 
いくつか過去の引っ掛かりについて考えていたら 
(本当はノートとかに書き出しながらやりたい笑) 

プレイヤー意識がちになったことと関係なく 
過去に「かなしみ」を閉じ込めている可能性に思い当たったというか 
思い返してみると 
インサイド・ヘッドともまた別に 
そこ、「かなしみ」をもっと掘ってみろというメッセージが
そこかしこに現れていたことに 急に符合した感覚がありました。 

私の身の回りにも「かなしみ」を前面に出してくる困った人がいて 
喜怒哀楽の哀が1文字だけデカい、そんな人で 
日々「あなたってなんでそうなの・・・」と
静かな怒りのポイントになっているのですが 
おそらく過去の悲しみの感情に目を向けてみなさい
ということなんでしょうね。 
今の仕事を選んだこともそう、困った人が日々
「哀」をデカデカと掲げてくることもそう 

子供の体調が回復したら、今度こそ時間をとって 
「かなしみ」をキャラクター意識で観てみたいと思います。 

ものっすごい悲しいことが人生に起こる方法ではなくて 
周りの人や、ディズニー、仕事で気づかせてくるあたり 
とっても優しいやり方をしてくれているので 
今のうちに「悲しみ」と向き合った方が得なんだろうなと。






やはり最初は、プレイヤー意識とは、、俯瞰?
などと手探り状態だったのですが、 
萬夕さんからの追加アドバイスにあった、
どんな価値判断があるんだろう?と考えてみるということと、 
LINEで共有いただいた、
ありのまま~」と「今、あなたは~」のブログがとても参考になりました。 
ブログにあった
”無条件に自分が信じ込んで「いけないこと」を探してみる”に
照らし合わせると、 それぞれの出来事について、
今までのワークで取り上げた出来事も、こんな見方ができるのか!と、 
新しい発見があったりもして楽しく取り組んでいました。 

とにかく評価が他人軸で、
人に迷惑をかけない、人のために、人に気を使う、人を喜ばせる、 
とにかく、人のことを考えてるってことに価値を見出していました。 
なので、そこから外れることにものすごく反応します。 
承認欲求はキリがないと思っていましたが、これも人に認めて欲しいから。 
例えば仕事なら、仕事は人の役に立つ、誰かを助けるもの。 
とにかく対・人ですべてを判断して、
物分かりのいい人間でいることに努めるという。。。 

いろんな出来事についてワークする中で、
夫にもやっとしたことで、出てきた言葉が、 
私の中でしっくりきたので、書き留めます。 

彼は彼次第、私は私次第。
で、一緒にいますか?どうしますか? 
これからもめんどくさいことがあるかもしれないし、ないかもしれない。 
全てを含んでいて、私はどうしたいかってだけだよね。 
で、今のところ一緒にいることを選んでいるっていう事実だけ。 
そこに、不安や恐怖や逃げもなく、
もうちょっと一緒に色々やってたいと思ったのよね。 
だったらそれでいいじゃんてだけで、判断もなにも、そこに価値はない。 
今、あなたがドラマを見たいと思っている相手、というだけ。まじで無。 
あなたが見てるのは、あなたが思うあいつだから、無。 
あいつはあいつ。それだけ。何も考えることはない。 
というか、すべて無。だし、有。それだけ。 

今週は、MVがリリースされたこともあって、 
藤井風さんの「It's Alright」がずっと頭の中でループしてて、
ワークに取り組んでおりました。 

 It's Alrightでした。




この1週間程はトラブルが立て続いた。 
先週末ラインでお伝えした、夢での感情消化は落ち着いたが
現実で起きていたようだ。

トラブルの中身を見ていくと似たような原因がきっかけだったり
同じような違和感を抱いていたものだったり。
自分の内側(自我の手放しなど)と戦っているので
こんなに外側との戦いが多くなっているのかなと思いつつ。 
それをプレイヤー意識で見ていくと、感情消化させたい以外にも、
自分が大切にしている価値基準の反対の行動をしてくる相手を登場させて、
価値基準を揺らして手放しを加速してくれているようにも思えてきた。 

プレイヤー意識で見えてきた
「私を動揺させたい為に起こったかもしれない出来事」と
「あがいたもん負けをわからせたいかもしれない出来事」という視点は
一見真逆のように感じたが、今までの中途半端な私の視点を
正してくれようとしていたのかもしれない。 

プレイヤー意識で見たときに、「行為と相手自身(人柄など)は別」
というのがやりやすくなったように感じた。 
今まで俯瞰視だと思っていたのは、キャラクターが、
起きた事柄に知っている相手の背景や性質を含めて見つめて
勝手にストーリーを作り上げていた中途半端な視点だったのかもしれない。
それは感情への寄り添いにもならず、
プレイヤー視点でもないものだったので、
動揺させることで自分の感情がここにあるという存在を感じさせ、
あがこうとしない俯瞰視によって物事がスムーズにいくよ
というお知らせだったのかもという解釈をすると成立するように思えた。 

またこのトラブル続出は、私が自分を大切にし始めたからこそ
起きているのかもしれないと感じた。
今まで違和感を感じていた相手や関係性との、
一気に来た断捨離週間のような。
一方で、自分を大切にすることと自我が主張していることの差が
つきにくかった。(前にも同様の質問したかもしれませんが、
情報整理が追い付いていなくて・・) 

それにしても、価値基準やマイルールは
自分を守り、自分を律しさせてくれていたというか
自分を形成してくれていたものだとつくづく感じた。 
自分が頑張って守ってきたマイルールの証として、
それを無視している相手のことを嫌だと思う。つまり、
嫌な相手は自分が頑張ってきたことをしらせてくれるきっかけなんだ
と思うと、相手は別として嫌な出来事自体には親近感というか
愛おしさが湧いてくるような。(相手には湧いてこない!笑) 

行動の変化としては、
言いにくいことを躊躇なく言えるようになってきたように感じている。
お鮨屋さんで変な匂いがきつかった食材があり、去り際に
「○○変な匂いしましたよ」というなど。
今までの私だったら90%していなかったように思う。 
その言動をする際に、これを言ったらこう思われるんじゃないかとか
余計な思考が働かないというか。
こちらが悪意や余計な考えがなく、
自分の為なのか相手の為なのかわからないけれど相手に伝えた方がいい
と思ったことはすんなり伝えられるようになった。 

トラブルに関する振り返り&授業の復習をしていて、
トラブル相手に「あなたのせいで~」とは言わず、
「私はこう感じたので、所属組織に問い合わせをしたら
あなたの行動は許容されていなかった」という事実を伝えたところ、
相手が猛反発してきたことがあり、 
直接的に相手を責める発言をしていなくても、
相手は責められたと感じると反発してくるのか?と疑問に思った。
どうすれば良かったんだろうか。相手が悪かったのだろうか。
(←これも相手のせいにしている?!)




【第一期・二期の受講生がまたワークをし直しての氣づき】
*また届いたら追加します

「プレイヤー意識」になるのは、
やはり感情を消化しないことには切り捨てになりやすく、
難しいんだなと改めて感じました。 
過去の痛みでもやろうとしたのですが、
1個出てくると芋づる式に湧いてきて、
「これは深いな」という感じがして。。。 
少し入りかけたのですが、きりのなさとしんどさを感じてしまって、
今回は途中でやめてしまいました。 

あともうひとつ、解像度を上げてよく観ることで、
プレイヤー意識はぐっと立ち上がりやすくなるのかなと思いました。 
確かに自分自身は巻き込まれなくなるのでドラマは減りますが、
また違う面白さみたいなものを感じることはできるような、
まゆさんの「楽しんでやってみて」という言葉にもつながるような?
気がしています。 

今回、1つ思考でやるのとの違いをつかめたような(気がした)
出来事があったので共有しますね。 
朝の通勤電車で、若い方(20代前半くらい)のグループと
近くに乗り合わせる機会がありました。 
男性2人、女性1人の職場の同僚らしきグループで、
元気で大声で盛り上がっていたのですが、
その中の男性1人が特におおげさになんでも笑う。 
自分の話にも最後にいちいち笑うのが、
とてもわざとらしいというか耳障りで…。 
10分くらい乗り合わせている間、
「静かにしてくれないかなー」と思っていました。
電車を降りる時は、かなりモヤモヤしていましたね。 

そして2日後くらいに、なんとまた同じグループが目の前に座ってきました。 
その日は男性2人だけで、あの笑い方の彼もいます。 
最初は「また会ってしまった!移動したい!」と思ったのですが、
そのまま座っていました。 
その日もまあまあなボリュームで会話していましたが、
あの不快に感じた彼は、笑いはあっても
以前ほどの高いテンションではありませんでした。 
「この間とはちょっと違うな。彼だっていつもああではないよね、
そりゃそうだよなー」と。 
「でも、この笑い方は相変わらずいやだな」とは感じていたのですが、
駅を降りる頃にはあまり気にならなくなっていました。 
慣れただけかもしれませんが、思考を働かせたというわけでもなく、
彼を観ているうちに「こういうキャラの人なんだな」と理解というか
自然に受け入れられたような感覚でした。 

で、駅を降りて2人と同じ方向だったのでしばらく近くを歩いてたのですが、
そこに以前一緒にいたもう1人の女性が合流してきたのです。 
そしたら、その男性が急にすごく元気になり、
話し方も笑い方も以前の高いテンションになったのです! 
「あー、この女性に好意を持っているのかも?」と思ったら、
微笑ましいというか、温かい気持ちに。。。 
そうしたら、まだ彼らを見ていたくなるような気がして…
(それ以来会うことはなくなりましたが。。)。 

もちろん自分は見たいように見ているだけではありますが、
他のシチュエーションであっても、きちんと観ようとすることで、
視座を変えるきっかけをつかみやすくなるのではないかなと思いました。 

最近はこの電車シチュエーションからはもう卒業かと思っていましたが、
相変わらずワークの場になっていますね(笑)。 
前回の感想も見返すと同じような電車のことを書いていました。。 
でも以前は、偶然自分が別のことで気づいたときに、
スイッチした感覚を味わったことでしたが、今回はちょっと違いますね。 
「うるさいなー!離れたい!」から
「また会いたいな!(ちょっと気持ち悪いですが 笑)」になった
というところでは真逆の展開なので一緒か。面白いなあ。。 
普段はあまりここまでの展開にならないので、ワークの恩恵だな思います! 

今回も本当にいい復習になりました!
映像の共有も改めてありがとうございました!ではでは!


💫


過去の感想や他の人の感想をやっと読めました。
今回のワークの感想を書き進める中で、
プレイヤー意識が分からなくなってきて
参考にしようと読み返してみたんです。
締め切り前々日くらいにちょっと焦りながら。
そしたら、がーん!大ショック!・・・気付いてしまいました。
それまで自分の書いていた内容だと
プレイヤー意識がキャラクターに対してなんだか手厳しいということを。 

それまで書いていた感想から引用すると、
『キャラクターが悲劇のヒロインのように感じるのに比べると、
プレイヤー意識はシンプルでなんかそっけない感じがしました』。
あれ、こんな感じだったかなと思って過去の感想を読み返したのですが、
これって今の自分が自身をどのように見ているかということに
つながるのではと思い、ショックを受けました。

プレイヤーがキャラクターに対して厳しいなんて、
ゲームをやってて楽しいのかキャラクターが気の毒になってしまいました。 
プレイヤーになるほど客観視するイメージがあって
先述の感想になったのですが、物事の中立にいようとすると
ジャッジするような感じになってしまい、
キャラクターに寄り添い大きな愛で見守るような視点を
忘れてしまっていました。
今書いていて、物事の中立にいることは含むということではないなぁ
と思いつつ、今までこんな考えはしていなかったのにどうしたことか、
分かったようで分かってない縦軸より横軸を右往左往している気が・・・。 
現時点ではこんな状態ですが、ここからまた仕切り直してやっていきます。





【日々と宇宙の講座ベーシック第三期生の皆さんのシェア】





【日々と宇宙の講座ベーシック第一期生の皆さんのシェア】














【日々と宇宙の講座アドバンス第二期】







【日々と宇宙の講座フォローアップなどのご感想】











☆「気づきのヒント まとめ」はこちら
☆メニューと料金はこちら。